約 1,076,922 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2590.html
反省する使い魔! 第十四話「追跡計画中計画実行中」 音石明はこの世界でルイズの使い魔を続けている内に 何度も同じ疑問を自分の頭のなかで浮かべていたことがある。 別によ~~、このオレがわざわざルイズみてぇな やかましい小娘に仕える必要なんて本当はどこにもねぇんぜぇ~~? 仮にだ、ルイズに義理みてぇなモンがあったとしよう。 オレがそんなモンわざわざ守ると思うかぁ? オレは御伽噺や漫画に出てくるような 義理堅い勇者野郎でもなんでもねぇんだよぉ~~~~……………。 しかしだ!よく考えてみてくれよ。俺は刑務所で三年の月日を費やした。 三年だ!たったの三年!! あの杜王町で俺がやったことがたった三年で許されるだとぉ~~~ッ!? わざわざ殺人まで覚悟してやった俺のあの行いが たった三年で許されるような安っぽいモノだとでも思ってんのかッ!! はやく出所できたんだから得だとかそういう問題じゃねぇ! 俺は納得したいんだよ! 三年前俺は間違いなく罪を犯した。 そして刑務所を出たと思ったら、今度はワケのわからねぇ世界で 小娘のお守りときたもんだ。まったくお笑いだぜ………。 最初にルイズの使い魔になれという要求を承諾したのも はっきり言っちまえば召喚の時にクラスメイトから バカにされてたルイズに対してのくだらんねぇ同情からだった。 だがルイズを見ていくうちにわかったことがある。 ルイズは魔法が使えない魔法使いだ、 どんな魔法を使ってもお決まりに爆発する。 クラスメイトの連中はそんなルイズを見下していたがよぉ あの爆発は使い方によっちゃあ間違いなく兇器になる。 このままじゃルイズはいずれ、 自分の中で押さえ込んでいる劣等感をクラスメイトを 傷つける武器にしちまう………。 だからよぉ、そんなルイズだからこそ オレを召喚したんじゃねぇかって時々思うんだよ 道を踏み外して過ちを犯すということを知っていて 今なおそんな自分の罪滅ぼしに納得していない俺だからこそな……… そして今、ルイズはやべぇ状況にいる。 なんでも今度の相手は結構名の知れた盗賊らしいじゃねぇか、 そういう奴をやっつけてルイズを守ってやればよ~~~ 少しでも俺の中にあるこのモヤモヤが晴れるかもしれねぇ! だから今はこの目の前のデカブツをぶっ壊すことに集中するぜ!! 「しっかしでけぇーなー、 ギーシュの『ワルキューレ』は2メートルくらいあったが こいつぁ10メートルは超えてんじゃねぇのか?」 ゴーレムから30メートル程の距離をあけて 音石は土くれのフーケの操る巨大ゴーレムを見上げていた。 「まあ、それくらいのほうがやりごたえがあるってもんか?」 「オトイシッ!!」 自分の使い魔の登場にルイズはゴーレムの足元で 歓喜と驚きの声を上げた。 「おいルイズゥ、そこ危ねぇからはやくこっち来い!」 音石はルイズの身を案じ、 自分の元に来るように手招きのジェスチャーを送る。 ルイズもソレに応じ、音石の元に駆け寄ろうとしたが ソレを許すフーケではない! 「おっと、逃がしゃあしないよ!」 先程破壊された腕が回復され、すぐさま元通りになる。 そしてその腕は瞬く間にルイズ目掛けて襲い掛かってきた! しかしその行為を安々許す音石でもない! 「ふっふっふっ生憎とな、そう易々攻撃を当てさせないところが 俺と『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のいいトコなんだぜぇ?」 ゴーレムの上空を飛び回っていたスピットファイヤーが ルイズ目指して滑空を始める。 そのスピードはゴーレムの攻撃速度を圧倒的に上回っていた。 ルイズの近くまで接近すると、スピットファイヤーから レッド・ホット・チリ・ペッパーの腕だけを出現させ、 ルイズのマントを掴み取った。 「いいいいぃぃぃやああああぁぁぁぁっ!!?」 時速150キロという高スピードのなか、 ルイズは悲鳴をあげてマントからぶら下がった形で音石の元まで移動し ゴーレムの攻撃を回避した。 音石の近くまでやってくるとスピットファイヤーのスピードを緩め ルイズを自分の隣に落とすようにレッド・ホット・チリ・ペッパーは手を離した。 【ドスンッ】「キャアッ!」 「ウ~~シッ!ルイズを回収すりゃこっちのもんだぜ あのゴーレムを操ってるフーケってやつはあそこの壁の向こうにある 宝物庫を狙ってんだろ?だったらゴーレムをあそこから動かすって真似は しねぇはずだ、奴自身無駄に時間を喰ってる暇なんてないはずだからな 空中にはキュルケとタバサ、こっちだってスピットファイヤーがあるんだ 本体の俺が攻撃されないように距離も十分にとってある、 今のあの野郎は将棋で言う『詰み』に入ってるっつーわけだぁっ!」 「こ……こ……この馬鹿ギタリストォーーーーッ!!!」 ルイズが音石目掛けて飛び蹴りを放った!! 【ガスッ】「オガァッ!!?」 蹴りはものの見事に音石の横腹に命中した。 「いっててぇぇぇっ!!?いきなりなにすんだコラァッ!!」 「ソレはこっちの台詞よぉ!ご主人様に対してなんて事すんのよっ!! 助けてくれたことには感謝してるけど、もっとマシな方法なかったの!? あの持ち方!!もう少しで首が絞まるトコだったじゃない!!」 「おいバカ!杖をこっち向けんなって!あーするしかなかったんだよ! 仮にマントじゃなく腕や脇から持ち上げたりしたらその長い髪が あのスピットファイヤーのプロペラに巻き込まれかねねぇだろうがっ!」 「ハッ!そうよオトイシッ、説明しなさい! あれは一体何なの!?もしかして竜の子供!?」 オトイシとの会話中にルイズは自分の中にある一番の疑問に気付き、 その疑問にむかって怒鳴るように指差した。 「竜の子供だぁ?そんなんじゃねぇーよぉー、 『スピットファイヤー』 イギリスのスーパーマリン製単発レシプロ単座戦闘機 大戦時にはイギリス空軍をはじめとする連合軍が使用していた戦闘機で ロールス・ロイス製の強力なエンジンを搭載、空気抵抗も少なく その性能はその手のレースで三度も優勝してるほどの優秀さを誇る。 主任設計技師であるR.J.ミッチェルとジョセフ・スミスを 始めとする後継者たちによって設計され、パイロットたちの支持も厚く 1950年代まで23,000機あまりが生産され さまざまな戦場で活躍した…………そのラジコンバージョンだ」 「……………ごめん、あんたが何を言ってるのか理解できないわ」 「………………………………まあいい、話は後だ 今重要なのはあの盗賊フーケなんだからな~~~」 巨大なゴーレムを眺めながら音石は勝利の確信の笑みを浮かべるが ルイズは対照的にどこか腑に落ちない顔をしていた。 しかし音石の予想通り、フーケにとってこの状況は 非常に不味いものだった。 「まずい、非常にやばいわね アレが何かは検討も付かないけど、あの使い魔は厄介だわ しかも制空権を完璧に向こうに取られてる……… あの使い魔が操ってる思わしき鉄の子竜、そしてもう一人、 さっきから距離をとってこっちの様子を伺ってるあの風竜……」 フーケは首を上に傾け、タバサとキュルケを乗せたシルフィードを睨んだ。 「多少の邪魔は想定内だったけど、竜が二体なんて反則だよ! 『フライ』を使って飛んで逃げることもできやしない!」 苛立ちを隠せないフーケだったが、自分の中で無理やり心を落ち着かせ 状況整理と作戦を冷静に練り始める。 (これ以上グズグズしていられない! いずれ学院長や教師連中がやってくる、 その前にこの状況を打破しなければ………ッ! しかしどうする!?連中はこっちの時間が少ない焦りを利用して 距離をとってやがるし、ゴーレムを操る魔力もそろそろ限界に来てる 考えろ!なにか策があるはず………………ッ!?) 思考を張り巡らしているうちにフーケはあることに気付いた。 自分と対峙している竜たちが一向に自分に攻撃してくる様子を 見せていないのだ。まさか!と思い、フーケは咄嗟に音石を見た……。 かなり距離が離れているはずなのに、フーケにはそれがはっきりと見えた。 笑っていた。音石のその表情がすべてを悟っていた! (降参を誘っているつもりかいッ!!? こっちの不利な状況を理解して……ッ!舐めやがってッ!! この『土くれ』のフーケをここまでコケにしやがるなんてっ………!!) ギュゥィィイイイイイイアァァァァンッ! 音石は愛用のギターを絶好調に響かせた。 「ハッハァーッ!よかったなぁルイズ! コレでお前は明日から英雄だぜ、より胸はって学生生活も送れるってわけだぁっ! 実家で病弱だっていうお前の姉貴も喜ぶぜぇっ!ギャハハハハッ!! よっしゃあせっかくだぁ、なにか弾いてやるからリクエストしてみろよ! おっとしまった、この世界の住人のお前じゃリクエストなんて無理だな 仕方ねぇな、だったら俺が選曲して聞かせてやるぜっ! そうだな……………よしっ! 『エアロスミス』の『WALK THIS WAY』あたりでも…………」 (たしかにオトイシの言う通り、この状況は圧倒的にこっちが有利…… でもなんなの!?さっきからわたしのなかで渦巻いている このモヤモヤ感は!?いやな予感がしてならない………ってこと?) 未だルイズが不安を隠せないことも気付かずに、 いつの間にか音石はルイズの隣で……… ズッタンッズッズッタン!と勝利の確信に酔い踊っていた。 「なっ!?この『土くれ』のフーケを前にして踊ってやがるッ!? なんてムカつく奴なんだい!思えばあいつの登場で なにもかもぶち壊しだよっ! 当初の目的だった宝物庫の宝も結局取れまず仕舞い………え!?」 一瞬宝物庫の壁に目を向けたとき、フーケは目を疑った。 なんと壁に『ヒビ』が入っていたのだ! ばかなっ!さっきまでいくらゴーレムで攻撃しても駄目だった 壁にどうして今になってヒビが!?とフーケは疑問に思ったが その原因であるべき正体を思い出した。 「まさか………、あのゼロのルイズがさっき放った爆発でッ!?」 ますます理解不能だった、なぜあのゼロの失敗の爆発でこの壁が? しかし、これは二度とないチャンスであるという事実が そんな疑問を掻き消した。 そして閃いてしまった、この状況を打破する策を………! 「アンタにはもう少し働いてもらうよ!!」 フーケは杖を振り、ゴーレムを再び動かし始めた。 ソレを見た音石が踊りと演奏を止め、行動に移った。 「ゴーレムを動かしやがったか、 その行動………、殺されちまっても文句はねぇモンだと判断するぜっ!」 音石はシルフィードを操っているタバサを見てアイコンタクトを送る。 それを合図にスピットファイヤーとシルフィードは ゴーレムに向かって飛来していった。 ただ一人、自分がなにもしていないことに気付いた ルイズは精一杯の手助けをと思い、音石アドバイスを送った。 「オトイシ!ゴーレムの肩に乗っているフーケ本体を狙うのよ! そうすればあのゴーレムは動かないわ!!」 「それぐらいは言われなくたってわかってるぜぇルイズ! そこらへんの原理はスタンド使いと一緒だからなぁ~!!」 (お願い!わたしのなかのこの予感が、どうかわたしの勘違いであって……!) ルイズは自分の胸に手を当てて、祈った。 生命の予感や察知とはなんとも不思議なものだ。 自分の身にナニかが迫ると無意識のうちに自分の中でそれを感じ取る、 犬や猫などが、飼い主が帰ってくること時にソワソワするのと同じだ。 ルイズは正確にその嫌な予感を的中させてしまった。 なぜなら、その嫌な予感の元凶を作ったのがルイズ本人であるのだから………。 フーケのゴーレムがスピットファイヤーたちを無視して、 宝物庫の壁に拳を飛ばし、なんと壁を粉砕してしまったのだ! 「ナニィッ!?」「そんなっ!?」 音石とキュルケの驚きの声が重なった。 壁がえぐれた部分にゴーレムの肩に乗っていたフーケが飛び移った、 「まずいわ!宝を盗まれてしまうわ!」 キュルケがバッと音石にアイコンタクトを送った、 えぐれた壁の隙間に入っていったフーケを攻撃できるのは 音石が操るスピットファイヤーしかないと判断したからこその合図だ。 音石もそのキュルケの合図には気付いていたが、 一方でゴーレムのある変化にも気付いた。そして驚愕した! 「タバサァッ!!ゴーレムに近づくんじゃねぇっ!! こっちに向かって倒れて来てるぞぉ!!」 それを合図に、シルフィードとスピットファイヤーはすぐさま真上に上昇したが、 30メートル近くあるゴーレムの転倒の衝撃は並なものではない。 凄まじい砂煙が広範囲に広がり始めていった。 地上にいる音石とルイズがそれに巻き込まれはじめたのも当然のことだった。 「伏せろルイズッ!絶対に目をあけるんじゃねぇぞ!!」 「きゃあぁぁぁぁっ!!」 咄嗟の行動だった、目の前まで迫ってきている砂塵に襲われる前に 音石はルイズのマントを引っぺがし、彼女を片手で抱き寄せると 体の体勢を低くし、引っぺがしたマントを二人の体を覆うように被り 迫り来る砂塵を受け流した。 【ビュオオオオォォォォォォ……………】 「オトイシくん、大丈夫かい!?」 マントを覆い被って数分、遠くから聞こえるコルベールの声が聞こえ 音石は覆い被っていたマントから顔を覗くと、 コルベールとオールド・オスマンがこっちに向かってきていた。 そのほかにも大勢の教師や生徒、衛兵がぞろぞろとやってきていた。 「………ふう、おらよルイズ。マント返すぜ 砂埃だらけだが、洗えば取れるよ」 ルイズは「ありがとオトイシ」と礼を言ってマントを受け取ると、 すぐさまオールド・オスマンたちのもとへと駆け寄った。 「ほっほ、ミス・ヴァリエール。 随分と無茶したようじゃが、怪我はないかの?」 「お気遣い感謝いたしますオールド・オスマン ですが大丈夫です、私の使い魔が守ってくれましたから……」 その時一瞬、ルイズは軽く頬を染め誇らしそうな顔をすると すぐにまたスイッチを繰り返した。 「それよりも学院長!たった今緊急事態がッ!」 「ふむ、コルベール君に事情は聞いておる 『土くれ』のフーケ、まさかこのトリスティン魔法学院を狙うとはの…… その上、固定化をかけておいた壁をも打ち破るとはたいした奴じゃわい」 それに対してはルイズも共感した。 固定化の魔法とは、その名の通り。 対象の物質などを時を止めたかのように固定し、 固定された物質は腐ることもなく、壊れることもない。 並みのメイジがかけた固定化ならばそれなりの実力者のメイジでも 破壊することはむずかしくはないが あそこの宝物庫の壁は学院長直々に固定化の魔法をかけているほどのものだ それを破るなんて、フーケとはそれほどの実力者だったとは………と ルイズは少し身震いした。しかしルイズは永遠に知ることはない、 その固定化を打ち破った本当の原因は紛れもなく自分だということを………。 「学院長!」 宝物庫を調べていた教師の一人がフライの魔法で上から降りてきた。 「ほとんどの宝は無事だったのですが、ただひとつ 『破壊の杖』だけがどこにもありません」 「ふぅーむ、フーケめ よりにもよって『破壊の杖』を………、ほかに手掛かりは?」 「はい、この置手紙がひとつ」 「なになに~、『破壊の杖、確かに頂戴しました 土くれのフーケ』か フォフォフォッ、なんとも律儀なもんじゃわい」 口では笑ってはいるオールド・オスマンだが その目は真剣そのものだ、今この老人のなかでは これからどうするかの方針が練りこまれているのだろう。 「ねえオトイシ、あんたのあの竜の子でフーケを探せないの?」 「だから竜じゃなくて………、はぁ……上見てみろ」 そう言われてルイズが顔を上に上げると、スピットファイヤーと シルフィードが学院の上空をグルグルと飛び回っていた。 何人かの教師がスピットファイヤーの姿に「オオッ!?」と驚きの声をあげた。 「さっきからタバサのシルフィードと一緒に探しちゃいるんだが、 なにしろあの砂煙だし、フーケは名の知れた盗賊だからな 見つからないように身を潜めることに関しちゃあ、 向こうのほうが圧倒的上手だ。どうしようもねぇよ……」 スピットファイヤーを地上まで下ろすと、音石は片手でそれを持ち上げると その姿にコルベールは感動と歓喜の声をあげ始めた。 「おお!なんとも素晴らしい!! 見ましたか学院長!?あれほどの文化が彼の故郷には 当たり前のように発達しているのですぞ!」 「コルベール君、君が喜ぶのも理解できるは 今もっとも重要なのは『破壊の杖』を持ち去ったフーケのほうじゃぞ?」 「あっ……こ、これは失礼しました」 どこか残念そうだが興奮を落ち着かせたコルベールだったが、 タイミングを見計らったように、タバサとキュルケを乗せたシルフィードが 降下しはじめ、地上へと舞い降り、そんな二人に音石は声をかけた。 「そっちはどうだったよ?」 「やっぱりだめだったわ、フーケがどっちの方角逃げたかもわからないし 第一こんなに暗いんじゃねぇ………」 「もっともだな、………なあタバサ、お前なら奴をどう探す?」 「………夜明けを待つ、それに情報も…………」 ――夜が明け始め、現在学院長室―― タバサの意見がもっともだと賛成した一同が学院長室に集まっていた。 今ここにいるのは、音石たちとオールド・オスマン、コルベール そして何人かの教師陣たちだった。 「さて………こうして夜が明け始めたのはよいが 周囲を捜索させた衛兵たちの報告はどうなんじゃ、コルベール君?」 「残念ながら……、現在のところそう言った報告はまだ………」 「はっ、衛兵と言えど所詮平民、 平民のような役立たずなどあてにしても仕方ありませんぞ!」 「じゃあテメェはどうにかできんのかよ?」 「なにぃっ!!?」 一人の教師が鼻で笑った言葉に、音石がポツリと嫌味を呟き その教師が音石を睨むが、しかし音石は眼中にないかのように その教師と目を合わせなかった。 「コレコレよさんか二人とも、今はフーケが問題じゃろう しかし、オヌシの今の発言はいささか言葉が過ぎるぞ?」 「………ッ、申し訳…ありません…」 その教師が詫びると、オールド・オスマンはやれやれと息を吐いた。 こんな非常時に相変わらずな教師たちに呆れながら 見渡しているとあることに気付いた。 「おや?ミス・ロングビルの姿が見えんの」 【ガチャッ】「私ならここにいます学院長、ハァッ…、遅れて申し訳ありません」 噂をすればなんとやらだ、 突然扉が開かれ、ミス・ロングビルが息を切らしながら入ってきた。 「おお、心配したぞミス・ロングビル ん?えらく息がきれているようじゃが……なにかあったのかの?」 「はぁ…はぁ…、土くれのフーケの件で…調査していました」 「ふむ、仕事がはやくて助かるのミス・ロングビル」 「お褒めにあずかり光栄です、それで調査の結果なのですが 土くれのフーケの居場所が掴めました」 その言葉に学院長室が一気にどよめきはじめるが オールド・オスマンは落ち着いた物腰と口調で問う。 「ほう、フーケめの居場所をのぉ~~…… 一体それはどうやって調べたのじゃ?」 「はい、実はフーケが破壊の杖を持ち出し 逃亡したところを私が目撃したのです」 周囲のどよめきが一層に増す、ルイズたちもその言葉には驚いた。 しかし音石はなにか引っかかるものを感じていたが、 今は黙ってロングビルの話を聞いておくことにした。 「まさかだと思うがミス・ロングビル……… 君はそのまま…………フーケの後を尾行したのかね?」 「身勝手な行動をお許しくださいオールド・オスマン 学院の衛兵である、『サリー』と『エンリケス』を連れて……… そしてフーケがここから馬で2時間~3時間ほどの とある森の廃屋を拠点にしていたことがわかりました」 「ふ~~~む、ミス・ロングビル…… 叱ってやるのはこの騒ぎが終わってからとしよう………。 しかし『サリー』と『エンリケス』?聞かん名じゃのぉ」 コルベールが手元にあったファイルを開き始める。 どうやらそれは学院に所属する衛兵や使用人などのプロフィールのようだ。 ページをめくっていくと発見したのか、詳細をオールド・オスマンに伝える。 「つい最近この学院に所属したばかりの二人組の衛兵ですね」 「はい、現在フーケが潜んでいる廃屋を見張らしています」 「なんじゃとっ!?ミス・ロングビル! 君はそんな危険なところに衛兵を置いてきたのかッ!? もしもその二人になにかあったらどうするつもりじゃッ!!」 オールド・オスマンが珍しく声を荒げて張り上げ、椅子から立ち上がった。 心優しいこの老人のことだ、危険で凶暴なメイジの近くに 平民でしかない衛兵を置いとくなどどれだけ酷なことか、 それに対して怒っているのだろう。 今まで見たことなかった学院長の怒りの光景に教師たちが動揺し始めた。 しかしコルベールがロングビルをサポートするかのように言葉を挟み その場を落ち着かせようとした。 「お気持ちは理解できますが学院長!彼らのことを思っているのならっ! 今は一刻も早く王宮にこのことを報告して助けを呼ぶべきかとッ!!」 コルベールが間に入ったことによって、 心を落ち着かせたオールド・オスマンは椅子に座りなおした 「そんな悠長な時間もないじゃろう、コルベール君………、 王宮に連絡してからでは時間がかかりすぎる、 よってじゃ!この一件は我々魔法学院内で解決するとしよう そうとなれば早速捜査隊を編成する! 我こそはと思うものは杖をかかげ志を示すがよいッ!!」 しかし残念なことに、この学院の教師たちは 口だけが達者なトーシロの集まりのようなものだ。 教師それぞれが顔を見合すだけで、誰も杖を上げようとはしなかった。 そんな教師たちにオールド・オスマンはますます呆れた溜め息を上げると たった一人、そう……ルイズだけがそのなかで杖をかかげた! 「ミス・ヴァリエール!あなたは生徒ではありませんか!ここは教師に任せて」 シュヴルーズが止めようとしたが、ルイズは牙を剥くように怒鳴り返した。 「誰も杖をかかげようとはしません! ならばわたしがフーケを追います! 元々フーケをみすみす取り逃がした責任はわたしにあります あの場に私はいたのですから!」 「それだったら私たちにもその責任はあるわよヴァリエール? あんたと同じように、私たちだってあそこにいたのだから………」 ルイズに続くように、キュルケとタバサが杖をかかげる。 その行為に次に驚いたのはコルベールだった。 「ミス・テェルプストー!気持ちはわかるがあまりにも危険だッ!! 君たちもあのゴーレムを見ただろう!?」 「お気遣い感謝しますがミスと・コルベール ですがヴァリエールには負けたくありませんので……… ねぇ、タバサ?」 「………別に家名なんてどうでもいい……でも心配」 「ありがとうタバサ、やっぱりあなたは最高の親友だわ!」 キュルケとタバサが友情を深め合う中、教師達は猛反対を開始した。 だがオールド・オスマンが「では君が行くかね?」と問うと、 皆体調不良などを訴えて断る。 オールド・オスマンは勇気ある志願者三人を見て微笑んだ。 「彼女達は、我々より敵を知っている。実際に見ておるのじゃからな その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いておる 実力は保証できるじゃろう」 教師達は驚いたようにタバサを見つめ、キュルケも驚いた。 「そんなの初耳よ!?それ本当なのタバサ? なんで黙っていたのよ?教えてくれればよかったのに……」 「騒がしくなるから……」 「ウフッ、もうっ、タバサらしいんだから!」 キュルケが納得とばかりに微笑んだ。 音石が後から聞いた話だが、 『シュヴァリエ』というのは王室から与えられる爵位であり 階級で言えば最下級のものだが、 ルイズ達のような若さで与えられるような生易しいものではないらしい、 しかもシュヴァリエは他の爵位と違い純粋な業績に対して与えられる爵位。 いわば戦果と実力の称号である。 するとオールド・オスマンが話を続ける。 「ミス・ツェルプストーは、 ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、 彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いておるぞ」 キュルケは得意げに髪をかき上げた。 さて次はルイズの番と、オールド・オスマンは視線を向けて、 褒める場所を探し、コホンッと咳払い。 「その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出した ヴァリエール公爵家の息女で、うむ、それにじゃ…… 将来有望なメイジと聞いておる。 しかもその使い魔は、平民でありながらも あのグラモン元帥の息子である ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという戦績がある」 明らかにルイズよりを音石を褒めている発言に、 ルイズは少しムッとしたが事実だから仕方ない。 音石は思わず少し苦笑してしまった。 「………オトイシくん」 「あん?」 ルイズたちが並んで前に出ている後ろのほうで、 壁にもたれ掛っている音石にオスマンは突然声を掛けた。 「これはこの年寄りからの………いや、学院長であるワシからの頼みじゃ 君も彼女たちと共にフーケを追ってくれんか? 当然、君が望むのであればいくらでも礼は弾む」 「が、学院長ッ!?」 このオールド・オスマンの言葉に教師たちが驚きの声をあげた。 由緒正しき魔法学院の長が、一人の平民……しかも使い魔相手に そのような頼みを言うなどこの世界の常識では考えられないことだった。 だが音石からしてみれば、そのようなことを頼まれてもどうしようもないことだ。 なぜなら、頼まれるまでもないのだ…………。 「オトイシ、あんたは私の使い魔よ」 ルイズという自分の主人がこう言われてしまった以上………。 「まあ、そういうことだジイさん 今のオレはルイズの使い魔、そしてそのルイズがフーケを追う以上 オレが行かねぇわけにもいかねぇだろ? それに『勝算』だってこっちにはある、任せておけよ」 そう言いながら音石は、先程から脇に抱えている スピットファイヤーをつよく握り締めた。 (さっきは油断したが次はそうはいかねぇ…… ルイズたちはああ言ったが、フーケを逃がした一番の理由は オレの過信からきた油断だ……、反省しなくちゃなぁ~~~ 次もヘマ踏まねぇようによ~~~~) 学院の門付近にて、音石とルイズ、キュルケとタバサ、 そしてオスマン、コルベール、ロングビルがそこに集まっていた。 「ミス・ロングビルはフーケの居場所を知っておる故 君らの道案内役として同行させよう、 なによりミス・ロングビル、君には衛兵の二人の件もある ……………わかっておるな?彼女たちを手伝ってやってくれ」 「はい、オールド・オスマン……… もとよりそのつもりです……」 ロングビルの言葉にオスマンは渋るような顔で頷く。 「ふむ、では馬車を用意せんとな………」 「学院長、その馬車なのですが…… 屋根付きの馬車では見通しも限られますし、 なによりいざ何かあった時に動きにくいかと………」 「ふ~む、コルベールくんの意見がもっともじゃな……」 「でしたら屋根のない荷馬車を用意しましょう」 「うむ、任せたぞミス・ロングビル」 そう言って、ロングビルは厩舎小屋へと駆け出していった。 そんなロングビルを見送っていた音石だったが、 そんな彼の上着の裾を突然誰かが引っ張ってきた。 見てみると、引っ張っていたのはタバサだった。 「………質問がある」 「こいつ(スピットファイヤー)のことなら黙秘するが?」 「………………そう……」 表情こそ変えなかったタバサだったが、どこか残念そうな雰囲気で 裾から手を離し、本を読む作業に戻った。 その様子を見ていたキュルケは溜め息をはいた。 (やっぱり教えてくれないか……… オトイシって、ほんと何者なのかしら……… でも彼と一緒にフーケを追えば、少しでも真実に近づくような気がするわね) 「コルベールさん、今更なんだがあんたに頼みが………」 「言わなくてもわかっているよ、それは(スピットファイヤー)君に譲るよ」 コルベールはスピットファイヤーに目を向けそう言ったが さすがにこの発言には音石も驚いた。 あくまで「借りたい」と言うつもりだったのだが まさか譲るとまで言ってくれるとは予想してなかったのだ。 「いいのか!?あんたが大金払って手に入れたモンなんだろ?」 「確かに、しかしオトイシくん。私はとても満足している 君がそれを動かすのを見たとき感動で涙がでそうにもなった…… なにより誇りにすら思っているのだよ私は……… 少しでも君やミス・ヴァリエールの助けになるなら 私は君に手を貸すのを惜しまないよ………」 「…………感謝します、コルベールさん」 音石は目の前の聖人のような男に軽く頭を下げるのだった………。 すると横から見ていたルイズがあるモノに気づき声を掛けてきた 「そういえばオトイシ、あんたそれもっていくつもり?」 「なんでぇ娘っ子、おれ様も一緒にいっちゃあ問題でもあんのかよ?」 ルイズが指差したのは、音石が部屋からもってきた 意思を持つ剣、デルフリンガーの事だった。 「だって別にねぇ~……、オトイシにはレッド・ホット・チリ・ペッパーが あるんだから、わざわざあんたみたいな薄汚い剣持っていかなくても……」 「ひっでぇなっ!あんまりだぜ、そんな言い草ッ!!?」 「事実を言ってるだけでしょうっ!」 自分を挟んでのやかましいいい争いに、 音石はやれやれと呟き二人の間に助け舟を出した。 「まぁ、ルイズが言ってることがもっともなんだがな」 「おいおい相棒、そりゃあねぇよ~~ッ!?」 「だがまあルイズ、ないよりはマシだろ? それにこいつの助けが必要になる状況もあるかもしれねぇしな、 例えば俺がスピット・ファイヤーでフーケのゴーレムを攻撃してる時に フーケ本体がオレ本体を狙ってくるかもしれねぇ………。 手元に武器がありゃ幾分かマシだぜ?ナイフも何本か持ってきたしな」 そう言って音石は、上着の内ポケットに仕舞っているナイフを ルイズにチラつかせた。 内側のナイフをチラつかせている音石の姿が あまりにも様になっていたのにルイズは苦笑いを浮かべるのであった。 「まあ、薄汚いボロ剣ってのは事実だから仕方ねぇがな」 「なに勝手に『ボロ』付け足してんだよっ!? 使い魔、主人そろってひでぇぜお前らッ!!」 デルフの虚しい叫びも、音石とルイズが目を黒い影で塗りつぶし 無視されるのであった。 ミス・ロングビルはまず、荷台を引くための馬を用意するために 厩舎小屋で適度な馬を選んでいた。 本来、大盗賊土くれのフーケを追うような危険な調査では 誰もが不安を隠せない表情を浮かべるのが普通だろう。 しかしこの時彼女の顔は、邪悪な笑みで口元を歪めていた。 「ふっふっふっ、まずは第一段落終了だね……… できれば教師に出てきてほしかったけど、まぁ仕方ないわね この学校の教師たちったら口だけで腑抜けばかりだもの……」 「どうやら計画は順調に進んでるようじゃねぇかフーケ」 「!?」 すると突然、厩舎小屋の奥から声が聞こえてきた。 暗闇で顔こそは見えなかったものの、 ミス・ロングビルもとい土くれのフーケはその声に聞き覚えがあった。 「ッ!?あんた、なんでこんなところにいるんだいっ!? 私が獲物を連れてくるまで持ち場で待機してろって………」 「ヒヒヒヒッ、そう硬いこと言わないでほしぃ~ね~ あんたを捕まえようなんて考えている馬鹿な命知らずがどんなヤツらか ちょいと気になったからよ~~、見に来ただけじゃねぇか~ あんたまさか『土くれ』って ふたつ名のくせして 人のおちゃめも通じねえコチコチのクソ石頭の持ち主って こたあないでしょうね~~~~~?」 暗闇のなかにいる相手の言葉にフーケは苛立ちを覚えるが こいつの人を頭から馬鹿にしたようなしゃべり方は今に始まったことじゃないと 自分に言い聞かせ、怒りを堪えた。 「どうせそっちは馬車なんだからナメクジみてぇにノロノロ来るんだろう? あんたの考えた計画をおれがわざわざめちゃくちゃにするとでも思ったかい? そこらへんはちゃ~~~~~んと考えてるぜぇ~~~~~?」 「………ふんっ、そりゃよかったね。 だったらとっとと持ち場に戻って………」 「いんや~~、おれも最初はそうしようと思ったんだけどなぁ~~…… これだけはあんたに伝えといといたほうがいいかなぁ~~っと思って、 わざわざこんな馬糞くせぇところであんたを待ってやったってわけだぜ?」 「伝えたいこと?」 「ああ、あんたが言ってた妙な使い魔……… ありゃ~~~十中八九『スタンド使い』だぜ 以前あんたは伝説の使い魔ガンダーなんとかの能力とかなんとかって バカづらさげて言ってたがよ~~~………」 その言葉にフーケは身目を見開かせ、驚きを隠せない顔をしていた。 「そうそう、丁度そんな感じのバカづらだぁ~、ヒヒヒヒヒ あんた顔面の表情操作が意外とうまいねぇ~」 「つまりあの使い魔はあんたの世界から召喚されたっていうのかいっ!?」 「ケッ、そこはあえてスルーですか…… まぁ、そういうことになるんだろうなぁ~~~~ あいつの格好、ぶら下げてるギター。間違いなくおれの世界の文化だ しかもギタリストとは………なかなかイカシてると思わねぇかい?」 フーケは爪を歯で噛みながら、なにかを考えふけっていた。 「あんた………あの使い魔を倒せるのかい? あの使い魔、はっきり言ってかなり強力だよ…………」 「モノは考えてから言えやこのボゲ、このおれが負けるとでも思ってんのかよ? もしそうだとしたら、アンタ今からこのガキのションベンくせぇ 学院の医務室に行って、ケツの穴に温度計ブッ刺されたほうが いいって助言してやるぜ?」 「ふんっ、相変わらず減らず口が絶えないやつだよ まあ、それを聞いて安心したよ。 今回の作戦はあんたの働きに掛かってるんだからね」 そういってフーケは相手が潜んでいる暗闇から視線を外し、 馬を二頭選び、厩舎小屋から引っ張り出した。 そして自分が気になっていたことを思い出し、 再度小屋の奥の暗闇に視線を戻した。 「そう言えば、あんたに言われたから攫ってきた衛兵の二人 一体なにに使うんだい?」 しかし、その時には暗闇には誰もおらず、 ただ小屋のなかにいる馬の鳴き声と窓から流れる風の音が 静寂に小さく唸るだけだった………………。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1562.html
ジョセフの放った砲丸の射撃は、これまでのパワーバランスを一変させるに相応しい威力を持っていた。 突然現れたボウガン持ちのゴーレムに警戒した傭兵達は、少々距離を取ったり、壁の後ろに身を隠していたりしていたが、それは無駄な努力であることをむざむざと思い知らされることとなったのだ。 入り口付近の壁を易々と破壊し、壁の後ろに陣取っていた不幸な傭兵を吹き飛ばした挙句、それでも威力が死ななかった弾丸は射線上に立っていた他の傭兵達をも薙ぎ倒した。 発射の反動に振動する弦を構わず掴み、胴体から次の弾丸を装填するワルキューレに矢が殺到するが、それもまた無駄な努力でしかなかった。鋼鉄の鏃が頭に当たろうが胸に当たろうが、ワルキューレの稼動になんら影響を及ぼすことはない。 二発目の弾丸が飛んだ直後、もう一体同じゴーレムが現れるに至り、傭兵達はこれまでの攻撃一辺倒の姿勢を止め、次に砲丸を食らう不幸に選ばれない様にと逃げ腰になって入り口付近からの撤退を始めた。 「うふふっ、流石はダーリンだわ! と言うかギーシュ、こんな便利なゴーレムがあるなら早く出しなさいよ!」 泡を食う傭兵達の様子を手鏡で見物していたキュルケが、ギーシュにジト目を向けた。 「さっきまでは出せる状況じゃなかったんだよ!」 頭を出せば矢が飛んでくる状況で、手鏡で遮蔽の向こうの様子を見るという手段が思いつかなかったのは仕方ないことではあった。 「まあいいわ、ここから私達の反撃の時間だわ。ねえギーシュ、厨房に油の入った鍋があるでしょ」 「揚げ物の鍋でいいのかい」 「そうそう。それを貴方のゴーレムで取ってきて」 「よし、了解だ」 ギーシュは再び薔薇の造花を振って花びらを舞わせると、今度はオーソドックスな造詣のワルキューレが錬金される。ゴーレムはテーブルの陰から厨房へと駆けて行くが、ワルキューレを狙う矢はそれほど多くは無かった。 数本の矢がワルキューレに刺さりはしたが、ゴーレムはめでたくカウンター裏の厨房に辿り着き、熱く煮えたぎる油の鍋をつかんだ。 「オーケー、それを入り口に向かって投げて」 キュルケは手鏡を自分の顔の前に持ってきて、化粧を直していた。ジョセフは既に照準を頭の中で把握していたので、盲撃ちでも傭兵達に恐れを為させる射撃をすることは容易だった。 「こんな時にまで化粧しなくてもいいじゃない、ツェルプストー」 ルイズが呆れた様に言うが、キュルケは頓着せずに言い返した。 「だって歌劇の始まりよ? 主演女優がすっぴんじゃ締まらないでしょ」 「誰が主演よ、誰が」 ギーシュは、こんな時でも相変わらず始まる二人の口喧嘩に言葉を差し挟むのは無駄だと理解して、「じゃあ投げるよ」とだけ言ってゴーレムにフリスビーの様に鍋を投げさせる。 油を撒き散らしながら空中を飛んでいく鍋に向かってキュルケが杖を振ると、中の油が引火した鍋が落ちた入り口は、人の背丈ほどもあるほど勢い良く燃える炎で閉ざされた。 ジョセフの射撃で動揺していた傭兵達は、それでも雇い主から命じられた突撃命令を実行しようとしたのが運の尽きだった。 数人の被害を構わず一気に距離を詰めようとした傭兵達も、自分達の背丈ほどもある炎を前にしてはたじろがざるを得ない。半ば特攻気味に駆け込もうとしていた一隊は、辛うじて足を止めて炎に突っ込む事態は避けられたのだが、メイジの追撃はそれだけではなかった。 キュルケはテーブルの陰からおもむろに立ち上がり、まるで誘惑のダンスを踊るかのような艶かしい身振りで呪文を詠唱して再び杖を振った。 すると炎は更に火勢を増し、入り口でたたらを踏んだ傭兵達に襲い掛かり、燃え移る。 炎に巻かれた傭兵達の獣のような悲鳴が巻き起こり、地面を転げ回って必死に火を消さねばならない事態へと陥らされた。 タバサの展開する風のバリアで守られたキュルケは、飛び来る矢を物ともせずに優雅に赤毛をかき上げ、杖を掲げた。 「名も無き傭兵の皆様方。はした金で私達の襲撃に参加されて非常にご苦労様です。けれど金に目が眩んで自分の力量も弁えられないその愚かさ、死ぬまでたっぷり後悔させて差し上げましょう」 雨霰と降りしきる矢嵐の中、キュルケは微笑を浮かべて一礼した。 「この『微熱』のキュルケ、謹んでお相手仕りますわ」 「な、ちょ! 何一人だけ目立ってんのよ!」 * 巨大ゴーレムの肩の上で、フーケは舌打ちをした。今しがた突撃を命じた一隊は炎に巻かれて大騒ぎをしていたところに謎の大爆発までお見舞いされ、完全に闘争心をへし折られていた。隣に立った白仮面に黒マントの貴族に、フーケは呟く。 「もう少しまともな働きをしてくれるかと思ったけど。結局無駄足だったようね」 マントの男を横目で見る。無言ではあるが、震えるほど握り締めた拳が彼の心中を物語っている。 (自分の取った手が相手に全部読まれてるような感じがするんだろうね) フーケは、かつて戦ったあの老人の顔を忘れもしない。手玉に取られる、という言葉を自分の身で体得させられたあの夜明けの事を思えば、このプライドばかり高そうな男がどれだけ腸を煮えくり返らせているかは想像しやすい。 先程まで勝利を確信していた傭兵達は浮き足立ち、更に宿の中から吹き荒れる風が炎を撒き散らし、傭兵達の中に僅かに残った戦意を根こそぎ奪っていく。 既に逃げ出し始めた傭兵も少なからずいるし、なおも砲丸の直撃を受けた金属と肉のへしゃげる音と、人間の上げるものとは思えないくぐもった断末魔が聞こえ続けている。 悔しいがあのじじい……ジョセフの戦闘の才は認めざるを得ない。 ジョセフが下の連中と合流するまでは酒場のメイジ達は烏合の衆そのものでしかなかったのに、合流してそれほど時間も経たないうちにあの有様である。岩のゴーレムがあるにせよ、果たしてジョセフに勝てるかどうか。 (……参ったわ。勝つ場面がどうにも思い浮かばない) フーケの中で出された答えが弱音ではなく、正確な戦況判断であることに再び舌打ちが漏れる。 既に戦況は向こう側の圧倒的優位が確立されているし、ここで撤退するのは傷口を広げない為の勇気ある戦術である。 だが、横の貴族は。 「――やはり平民は役に立たん。ここは引く。フーケ、殿を務めろ」 ふざけんな三下貴族が、と心の中で悪態を吐いた。 つまり自分は逃げるから注意を引き付けておけ、と来た。何やら大層なお題目を唱えたレコン・キスタとやらもそう長くはないな、とフーケは直感した。 適当にやった後、逃げの一手を打つことに決めた。屈辱の返礼は当然したいに決まっているが、今度捕らえられたらレコン・キスタの助けの手は二度と差し伸べられないだろう。そんな内心を億尾にも出さず、フーケは答えた。 「いいわ。じゃあとっとと退却してくださるかしら。ここは私が足止めするわ、合流は例の酒場でいいわよね」 「ああ」 短く答えた貴族はゴーレムの肩から飛び降りると、夜の闇へと消えた。 「……ああ面倒くさい。他人の思惑で生かされるのは何とも窮屈だわ」 傭兵達は既に駆逐されている。飛び来る砲丸に荒れ狂う炎に炸裂する爆発に暴れ回る青銅のゴーレムと、メイジ達の領域に投げ込まれた傭兵達は少年少女達の容赦ない洗礼の前に完全敗北を喫していた。ラ・ロシェールの傭兵の評判が地に落ちた夜であった。 フーケは気が進まないながらも、ゴーレムを前に歩ませながら拳を振り上げると、それを入り口に叩きつける。それと同時にゴーレムのコントロールを自律動作型に変更すると、肩から降りて屋根沿いに逃げ出して少し離れた場所から見物する。 宿屋でめくら滅法に暴れているゴーレムに、程無くして花びららしきものが舞い散ってくっついたかと思うと、その花びら達が何かになってゴーレムに纏わり付いた。 そして岩のゴーレムにファイアーボールが飛んだ次の瞬間、ゴーレムは一気に炎に包まれた。 (――なるほど、花びらを油か何かに錬金したんだね。もうあいつらに30メイルゴーレムは通用しないってコトだわね。けっこう自慢だったんだけどしょうがないか) 敗北を喫するのは二度目だが、完膚なきまでに喫した敗北は逆に心に傷を残さない。ここで無駄足を踏んで捕まる義理は自分には無い。 首輪と鎖付きでも自由は自由である。フーケはひらりひらりと屋根を飛び、その場からの遁走に成功した。 * 今夜の宿をなくした一行は、矢を受けて呻いている主人にせめてもの気持ちとして皮袋に金貨を入れて渡してから、逃げ出すように宿を後にした。 一行を背に乗せたシルフィードが空に飛び立つと、激しい戦闘を潜り抜けた一行は大きく息を吐いた。 「はぁ……それにしてもなんて礼儀知らずなのかしら傭兵って。せっかくの宴会が台無しになったじゃない」 キュルケが肩を竦めれば、ジョセフはがっくりと肩を落とした。 「わし結局メシもワインもお預けじゃよ……」 「実は一本いいのを失敬してきた」 「ああタバサ! 今のお前の頼みならわしはどんな頼みでも聞いちゃうぞ!」 タバサから受け取ったワインボトルに頬ずりするジョセフの耳をルイズが捻る。 「ちょっとジョセフ! ご主人様ほっといて何を他の女に尻尾振ってるのよ!」 明るい月明かりの下、相も変わらず賑やかに騒ぐ一行。 そうやってシルフィードが飛んでいく先、小高い丘を越えた先に見えた巨大な樹に、さしものジョセフも「おお」と感嘆の声を上げた。 四方八方に枝を伸ばしている樹は、山ほどもある巨大なものだった。夜空に隠れて頂点は見えないが、高さは一体どれほどあるのだろう、ワールドトレードセンターとどちらが高いだろうか、と考えてしまうほどだった。 目を凝らせば枝には大きな何かがぶら下がっている。まるで巨大な枝に実る巨大な果実のように見えたそれが飛行船のような形状をしているのを見止めると、ジョセフは自分の中で合点が行った。 「なるほどなあ、確かにありゃフネじゃわい。空に飛ぶならここは確かに港町じゃよ」 ジョセフは一人でうむうむと頷いていた。 シルフィードが樹の根元へ降り立つと、根元はまるで巨大なビルの吹き抜けのホールを思わせる、巨大な空洞になっていた。 (枯れた樹の幹を利用しとるんじゃな。それにしてもこっちじゃこんなデッカイ樹が生えるんじゃなあ……すげえなあ異世界) と、興味深くホールを見物するじじい一人。 夜なので人影も無い広大な空間に心を踊らせたりもする。 やがてワルドが「諸君、こっちだ」と声を掛けたのが聞こえる。それぞれの枝に通じる階段には鉄で出来たプレートが貼ってあり、辛うじて「アルビオン行き」と書いてあるのが読めた。 「字が読めるのはええことじゃなー」 ニヒヒ、と笑いながらジョセフは一行の一番後ろで階段を駆け上がっていく。全員女神の杵亭での交戦でかなりの精神力を消費しているのは明白である。となれば、追っ手を防ぐ為にも魔法に頼らず戦えるジョセフが殿を務めるのは至極当然な話である。 木でできた階段は一段昇るたびにぎしぎしと心臓に悪い音を立てて軋む。手すりが付いているものの、これに体重をかけるのはやめておこうと思わせる代物だった。 しばらく走っていると、後ろから何者かが駆け上がってくる足音が聞こえた。 ジョセフは反射的に剣を引き抜き、背後から駆けて来る黒い影に怒鳴りつけた。 「何者じゃッ!」 だが黒い影は誰何の声に答えることなく、駆けて来る勢いそのままに跳躍すると、ジョセフだけでなくキュルケ達の頭上さえ跳び越してルイズの背後に着地した。 ジョセフの声に振り向いたルイズの眼前に着地した男は、悲鳴を上げさせるよりも早く彼女を肩に抱え上げた。 「きゃ、きゃあ!?」 悲鳴を上げたルイズを抱えたまま、男は躊躇わず手すりを乗り越えて地面へ跳んだ。 ジョセフも一切の躊躇を見せず、男の後を追って宙へ身体を舞わせた。 「ダーリン!?」「ジョジョ!?」 キュルケとギーシュにとっては、突然ジョセフが怒鳴ったかと思うと黒い影がルイズを浚って飛び降りてジョセフが後を追って空を飛んだ、という急転直下の状況。 精神力を使い果たしたメイジはただの人と同じ。飛び降りていくジョセフに後を託すしかないのだ。 ワルドが杖を振って生み出した風の槌が男を直撃し、ルイズから手が離れた。 その隙を見逃さずジョセフが突き出した左腕からハーミットパープルを発生させ、落下したままのルイズを確保する。他の茨が大樹に伸び、波紋でくっつくことで落下速度を殺しながら左腕にルイズを抱き抱え、そのまま大樹を伝って踊り場に着地する。 「ここで仕掛けてきたか!」 険しい横顔に、ルイズはジョセフにしがみ付いたまま「何! 何なの!?」と聞くしか出来なかった。 「刺客じゃよ、今度はちっとハードじゃぞ!」 厳しい視線の先には、魔法の風に包まれたままふわりと踊り場に降り立つ黒い影……白仮面の黒マントがいた。背格好はおよそワルドと同じ程度。 剣を振り回すには問題のない広さだが、ここにルイズがいるのが問題だ。 ルイズを守らなければならない、敵も排除しなければならない。 (両方ともやらなくちゃいかんのが使い魔の辛いところじゃよなッ) 「後で叱ってくれッ!」 突然の事態に思わずジョセフにすがりついたままのルイズに、波紋を流し込むッ! 「きゃうッ!?」 反発する波紋を流すことで、痺れたルイズの手がジョセフから離れるのと同時に、多少の攻撃ならダメージを軽減できる程度の防御力も付加する。 これまでのメイジとの戦いで、魔法を使わせないことが肝要と理解しているジョセフはすぐさま剣を正眼に構え、男に斬り掛かる。 男は構えた杖を振り、ジョセフの斬撃をかわし続けながらも呪文の詠唱を続ける。 ジョセフは両手で掴んだ剣を左腰に構えると、今度は右手に波紋を集中させる。 「食らえいッ! 流星の波紋疾走(シューティングスター・オーバードライブ)ッッ!」 横薙ぎに振るう剣の柄を握る手を鍔際から柄頭まで滑らせることにより、間合い、威力、速度の全てを高めた剣客コミック受け売りの必殺剣が夜闇を切り裂いて男に放たれるッ! だが男は必殺剣の間合いを見切り、背後への強い飛び退きで切っ先を回避してみせた! 男は剣で切り裂かれた空気の流れに唇の端を歪ませながら、なおも呪文を唱え続け…… 「隙を生じぬ二段構えッ! 双龍波紋疾走(ダブルドラゴン・オーバードライブ)ッッッ!!」 意外ッ! 男の胴体を殴り飛ばしたのはなんと鞘ッ!! 最初の斬撃を回避されたと悟ったジョセフはすぐさま、自由になっていた左手の指を鞘の縁に掛けると、剣を振り抜いた勢いになおも更なる一歩の踏み込みを加えた鞘での殴打を加えたのだ。 当然コレもジョセフ愛読のサムライコミックからの引用である。 しかし波紋をたっぷりと流された鞘に吹き飛ばされ手すりを飛び越えさせられながらも、男はなおも呪文を唱え続けていたッ! 「相棒! 構えろッ!」 流石に二撃目の斬撃で体勢を崩したジョセフに三撃目を放つ余裕も無く、辛うじてデルフリンガーの叫んだように構えた瞬間、男の周辺から発生した稲妻が狙い違わずジョセフを襲う! 「『ライトニング・クラウド』ッ!」 呪文の正体を悟ったデルフリンガーが叫ぶが、幾らジョセフだろうと電撃を回避する術も無く、全身に雷を走らせる結果となる。 「うおおおおおおおッッッ!!?」 余りの激痛に意識が白に染められたジョセフは、気付いた時には踊り場に身を投げ打ってのた打ち回っていた。 (か……カミナリかッ! ダメージはッ! 右腕かッ!) 見れば右腕の袖が電撃で焦げ付いている。中身は見るまでもない、相当な大火傷を負っているだろう。だが男は魔法を完成させたのが精一杯だったらしく、今度こそ男は地面へ向かって落下していった。 (波紋ッ……波紋で、痛みを和らげッ……!) 激痛に荒れる呼吸を無理矢理整えようとしたジョセフに、小さな足音が駆け寄ってきた。 「ジョセフ!」 蹲ったジョセフに、波紋のショックから回復したルイズが走ってきた。 いきなりご主人様になんてことをしてくれたんだ、という怒りもジョセフの右腕を焦がす電撃の傷跡がすぐさま消し飛ばしていた。それほどに酷い傷を受けているジョセフの背に両手を置いて、懸命に使い魔を揺さ振る。 「生きてる!? 生きてるの!?」 錯乱して判り切った事を聞いているルイズと、判り切った事を聞かれているのにツッコミを入れる余裕すらなく悲痛な呻き声を上げるジョセフの元へ、上から駆け下りてきた仲間達が駆け下りてきた。 「ダ、ダーリンッ!?」 「ジョジョ!?」 キュルケとタバサだけではなくタバサも蹲るジョセフに駆け寄ってきた。 「タバサ、『治癒』はかけられる!?」 「……ム、ムリせんでいいッ……! お前達も疲れとるじゃろ、なぁに一晩くらいなら大丈夫ッ……!」 明らかなやせ我慢だとは全員が判るが、実際精神力は傭兵達相手に枯渇している。ここで出来る事は何も無い、というのが正直なところだった。 「さっきの呪文は『ライトニング・クラウド』だな。『風』系統の魔法の中でも凶悪な魔法だぜ。あいつはかなりの使い手だ」 ジョセフの手から落ちたデルフリンガーが心配そうに言った言葉に、同じ風系統のメイジであるタバサの表情が微かに曇る。それを見たキュルケは、蹲るジョセフを目撃した時と同じくらいに驚いた。 「だが腕ですんでよかった。本当なら命を奪うほどの魔法だぞ。……どうやら、この剣が電撃を軽減したようだな。よくわからんが、ただの剣ではないな」 同じようにジョセフの傷を見やっていたワルドが呟く。 「知らね。忘れちまった」 デルフリンガーがすっとぼけた声で答える。 「……なぁに、フネに乗ったら酒飲んで酔っ払っちまえばどーにかなるわいッ。ほら、随分後戻りしちまったからとっとと行かなくちゃなッ」 よろよろと起き上がるジョセフを全員が心配するが、まだ階段を上り続けなければならないのは確かである。タバサは下で待機していたシルフィードを呼び出そうと口笛を吹こうとしたが、それはジョセフに止められた。 「また他の追っ手が来たら困るじゃろ……なぁに、心配はいらん。わしが何とかする」 ものすごい強がりに、タバサは静かに頷いた。 (言ったら意見を譲らない所は主人と同じ) 他の面々もその結論に達すると、改めて階段を登って行く。ジョセフはデルフリンガーを鞘に収めると、焼け焦げた右腕を押さえながら波紋を緩やかに流し込んでいった。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/948.html
深夜の追撃を決めた四人の動きは早かった。 タバサはこれから強行軍を強いるシルフィードに「今夜は特別」と夜食を許し、大量の水を飲ませていた。 キュルケは出るまでに化粧を直して着替えも済ませ、ついでに今夜の逢瀬を約束した全員に宛てた手紙をドアの前に置いておくのに忙しかった。 ルイズはジョセフと共に部屋に戻り、デルフリンガーを持ってきてから厨房に向かい、明日の仕込みに入っていたコック達に頼んで二日分の食料と飲み水を用意させていた。 厨房に顔の効くジョセフの頼みとあっては、もう寝ようかとしていたマルトーもわざわざ部屋から出てきて手ずからサンドイッチを手際よく作ってくれる。 シエスタは夜食を作りに来たと言うより、宝物庫での騒ぎにジョセフが巻き込まれなかったか心配になって探しに来て、厨房で二人を見つけたという状態だった。怪我はなかったか大丈夫か、と心配を隠さないシエスタに、ジョセフはニカリと笑って頭をなでた。 「おうそうじゃシエスタ。なんか新鮮な果物をバスケット一杯用意してもらえんか。出来ればもいでから時間が経っとらんヤツがええのう」 「はい、それなら明日の朝に出そうと思っていたイチゴがあります。ちょっと待っててくださいね」 と、四人分のおやつには十分な量の小さなバスケットにイチゴを盛ってきたシエスタ。が、ジョセフは「もっと大きいバスケットに一杯頼む」と、シエスタの細腕で持つには少し重い、バスケット一杯のイチゴを用意させた。 二日分の保存食とワインボトル五本の飲み水が入ったバスケットに、もう片方の手にはイチゴで一杯のバスケット。 それを両手で持ちつつ背中にはデルフリンガーを背負うジョセフの前を歩くルイズからは、どうにも不機嫌なオーラが出でいるのがジョセフには丸判りだった。 「どうしたんじゃルイズ。どうにも機嫌が悪そうじゃの」 「悪くなんか無いわ!」 怒鳴りつける声が明らかに機嫌が悪い。 「えーと……わし、なんかしたかの?」 「うるっさいわね! 私は何も機嫌が悪いわけじゃないしジョセフもなんかしたわけじゃないの!」 これ以上つつくと脛を蹴られると直感したジョセフは、大人しく黙ることにした。 しかし黙られたら黙られたでまた機嫌を悪くしたらしいルイズは、首だけ振り返ってジョセフを睨んでから、足音荒く足早にシルフィードの待つ厩舎前へと向かってしまった。 重い荷物を両手に持っているジョセフを置いて先に行ってしまったルイズの姿が曲がり角の向こうに消えてから、ジョセフは首を傾げた。 「なーにヘソを曲げとるんじゃルイズは」 ジョセフの呟きに、鞘から少し鞘口を覗かせたデルフリンガーが楽しげに喋りかける。 「そりゃ拗ねるだろうさ。相棒、あんまりご主人様の前で他の女に優しくすんなよ?」 「あん? 何言うとるんじゃデル公や。わしは特になんかしたわけじゃないぞ?」 「そりゃ相棒にとっちゃ何でもないことだろうけどよ。今夜だけで、ご主人様だけにしかしてないコトを目の前で他の女にしちまってんだよ。だからお嬢ちゃんはスネてんだ」 「……なんじゃよ。特にわしがルイズに悪いコトをした覚えなんかないわい」 本気で心当たりなどないと言い張るジョセフに、肩があったら間違いなく竦めていただろうデルフリンガー。 「かーっ、若い娘の気持ちをろくすっぽ理解してねえなあ。いいか相棒。さっき触られた時に何があったかは大体把握しちまったが、俺っちから見りゃ地雷踏み放題じゃねえか。 ちっこいお嬢ちゃんにハーミットパープル見せたり、メイドのお嬢ちゃんの頭撫でてやったりよ。メイドのお嬢ちゃん撫でてた時なんか、ご主人様ブチギレ五秒前って顔だったぜ?」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは思わず目を丸くした。 「……マジかい」 「マジも大マジよ! てゆーか、部屋に帰ってきた時からお嬢ちゃんの機嫌が悪いってーのに、相棒と来たら普段通りな顔してるモンだから俺っちの方がビクビクしっぱなしよ!」 心から楽しんでますよと激しく主張している声で剣が笑った。 「いいか相棒、相棒のご主人様はなんのかの言ってお前を信頼してんだよ。声に出しちゃ言わんし、真正面から聞いても信頼してますだなんて死んでも言わねェだろうがな! あれは生粋の意地っ張りだろうからなァ!」 「まあ意地っ張りだってのは判るんじゃが。……信頼しとんのか?」 「モット伯ん時のことを思い出してみろよ。ありゃお嬢ちゃんの中じゃ妄想じゃねェ。ジョセフならきっとそれくらいはやってのける、って信じてるんだ。俺っちの相棒はやろうと思えば出来るだろうよ。一つ違うのは進んで殺しなんかしねェってことくらいだ」 的を射たデルフの言葉に、ジョセフはううむと唸った。 「……わしの前じゃそんな素振りなんかチットも見せんが」 (コイツは目端が利くくせに意外と肝心なトコ見えてねエんだよなぁ) デルフリンガーはしみじみと相棒のヌケサクっぷりを感じた。 「でもよー、ご主人様の前じゃそういうコトは言っちゃなんねえぜ。あの意地っ張りっぷりからすると、『追いかけられたら逃げるが振り向かなかったら機嫌が悪い』ってータイプだぁな。意外と相棒はデリカシーねえからそこが心配だぜ」 ケッケッケ、といやらしい笑い声を立てるデルフを、ジョセフは黙って鞘に収めた。 「うるさいわい。わしだってもうそろそろ生誕七十年に突入するわい」 デルフリンガーが誕生して六千年と言う事をジョセフが知るのは、もう少し後のことだ。 そしてジョセフは意外と、自分のことが見えていない男だった。 中庭に着いたジョセフを出迎えたのは、主人の一喝だった。 「遅い! 何してんのよ、もうみんな出発の準備終わってるわよ!?」 今回の追撃メンバーはルイズ、キュルケ、タバサ、シルフィードにジョセフ。 全身に火を纏っているフレイムは、夜の追撃戦には不向きだしシルフィードの背中に乗せるのも危険、ということで、キュルケの部屋の暖炉で留守番である。 「んなコト言われたってけっこう荷物が多いんじゃぞ? 相手がどこまで行くかわからんし」 無駄と判っててもとりあえず言い訳をするジョセフに、ルイズは厳しかった。 「言い訳なんていらないわ! そもそもレディ三人を待たせるって時点で色々失格よ!」 それから説教タイムに突入しようとしたところで、タバサがぽそりと呟いた。 「そこから後は出発してから」 有無を言わさない静かな囁きに、ぐ、と押し黙るルイズ。 「そうそう。あんまりきゃんきゃん怒鳴ってると胸は大きくならないのに小じわ出来ちゃうわよ?」 さも楽しそうに火に油を注ぐキュルケとあっさり大炎上するルイズに苦笑しながら、荷物をシルフィードの背中に積み込むジョセフ。それを手伝うタバサ。それを見て更に炎上するルイズと、これから重要任務に出撃するとは到底信じられない騒がしさだった。 やがて四人と荷物を全て積み終えて、予定より少々遅れてからシルフィードは夜の空へと飛び立った。 シルフィードを操るタバサは一番前に陣取り、残りの三人はジョセフを中央にして右にルイズ、左にキュルケが座っているという陣形。言うまでも無くキュルケはルイズに見せ付けるようにジョセフにベッタリするものだから、ルイズは釣られ放題という始末だった。 まあまあ落ち着け私は落ち着いてるわよああんダーリンぺったんなんか相手にしないで人の使い魔に色目使うとかいい加減にしろこの色情魔など微笑ましいやり取りも終わった頃。 「……うー……」 普段はとっくに寝ている時間の良い子なルイズは、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。 フーケの襲撃があった時間からして、消灯時間も近い頃だった。そこから図書室で念視を行い、追跡の準備を整える時間を考えれば、十分に夜更かしと言っていい時間だった。 「おうルイズ、着いたら起こしてやるから今のうちに寝とけ」 「う~ん……わかった……」 夢の住人になりかけていたルイズは、そのままことりと夢の世界に移住した。そのままジョセフの膝の上へくたりと倒れたのは、きっと故意ではない。 「あら寝ちゃったわねルイズ。まあこのまま起き続けてられても厄介だけど」 そう言いつつ、ジョセフの左腕にはしがみ付いているキュルケ。 「本当ならこの時間にゃおねむじゃからのう。二人は大丈夫なんかの?」 タバサとキュルケに問いかけるジョセフに、それぞれの返答があった。 「私は慣れてる」 「むしろ私の時間はこれからだもの、ダーリンも知ってるくせに」 徹夜の追跡を苦にもしない返答に、ジョセフはふむと頷いた。 「それならよしじゃ。それにしてもシルフィードは随分と早いのう。これなら日が出るまでにはフーケに追いつきそうじゃな」 地図の上に置かれた二つの小石と、自分達の居場所を示す金貨は着実に距離を縮めていた。 三人でイチゴを摘みながらの追跡行は、予想以上に暢気な旅だった。 ふと、ジョセフの眉がぴくりと動いた。 「……む? ここで止まりよった」 二つの小石は進行を止め、ある一点で留まった。それはほとんど人も来ないような森の中で、人目を避けるという一点においては絶好のロケーションだった。 「ここがアジトって言うわけかしら」 「かもしらんな。ここからじゃとどのくらいかかるじゃろか」 と、タバサに地図を見せて距離を伺う。 「この速度だと三十分で到達する。それにしても不自然」 「じゃな。アジトにしちゃ不便すぎる……水場から遠すぎる」 三人が地図と睨めっこしていれば、更に不可解な動きが見えた。 宝物庫の壁の欠片……つまり破壊の杖をそこに残し、フーケを示す小石が、再び動き始めたのだ。 石の動きを見守る三人の考えを更に混乱させるように、フーケは来た道を再び戻ってきたのだ! 「……ぁー? こりゃ一体何をしようとしとるんじゃ? よほどすごい隠蔽工作かけられとるんか?」 「私にもちっともわかんないわ……」 「様々な可能性が考えられる。けれど破壊の杖を置いて行ったというのは確実」 「……ふむ。ということはアジトに誰かおるんかもしらんな。しかし今からなら、フーケと杖が別々じゃから杖の奪還には打ってつけじゃッつーこッた!」 三人は顔を見合わせて頷くと、フーケではなく破壊の杖目掛けて進路を変えた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2148.html
グッタリしたオスマンを引きずるように連れて行くフーケを見送ったが、どうやったもんかと少し考える。 直限定となると、いきなり食堂に行ってもどうしようもないし、魔法なんぞ使えないので老化して人質に紛れる事もできない。 なお、モンモランシーも食堂行きだ。スデに一人始末したので、 それが帰ってこないのは拙かろういうことで、まだメイジが居たから探しに行った。という事にするらしい。 こうなれば、隙を見て一人一人順番に順番に始末していくしかない。面倒だが、それしか無い。 一先ず、塔から出て別の広場に来たのだが、意外なヤツがそこに居た。 「……邪魔だ」 正面に立ち塞がるようにして、シルフィードがそこに居た。 「きゅい」 「……オメーの相手してる暇ねーんだよ。隠密性もクソもありゃしねぇ」 邪魔だと言っても、退かない。夜とはいえこんなんが居た日にゃあ一発で補足されるに決まっている。 そんなわけで、どっか行けという具合に手を払いながら後ろを向き別の場所に行こうとしたが、その手を捕まれた。 「きゅい!」 「ちょっと待て、てめー…何のつもりだ!?」 その疑問に答える間も無く、シルフィードの翼が動き飛んだ。 さすがに、速い。一気に50メイルぐらい上昇したのだが、無論、背に上がれるわけでもなく腕を掴まれたままだ。 「…穴開けたらただじゃあおかねーからな」 「きゅい?」 こんな状況下でもスーツの心配。さすがである。 分かってるのか分かってないのか、抜けた感じの鳴き声が帰ってきた。 もっとも、言葉が理解できる韻竜などとは思ってもないし知らないので期待はしていない。 が、一応爪は引っかからないようにしてくれたらしい。 しかし、こうして腕掴まれて宙に浮いているとビーチ・ボーイに釣られていた事を思い出す。 結構大きさのあるシルフィードとはいえ地上から結構離れている上に 日は出ていないし、月も雲で隠れ気味になっているので、発見は難しいはずだ。 ただ、シルフィードに見付かったという事は、タバサもこちらの事を知ったという事になる。 偶然か、それとも『知っていた』のか。これだけでも大分違う。 まぁ話すタイプではないと見ているのでそれ程深刻ではないが、万一がある。 そうこうしていると、下の食堂付近で音と共に閃光が奔った。 こっちからは離れているので大した事はないが、近くに居れば、どこぞの大佐のように『目が…目がぁぁ』状態だろう。 続いて、火炎と爆発を確認したが、高度が少し下がると同時に唐突に腕への負荷を感じなくなった。なんというか落ちている。 「…っ!何してくれやがんだてめェェーーーーー!」 珍しく声が出る。ここまで出したのはブチャラティにジッパーで列車外に諸共放り出された時以来だろう。 いかにスタンドを備えていようとも、この高さから落とされては死ぬ。こちとらスタンドがある他は普通の人間である。 「お姉さまが危ないの。頑張るのねー」 そんな声が聞こえてきたような気がしたが、気にしている暇は一切無い。 無論、その後一拍送れて「あ、そういえばあの人、メイジじゃなかったのね」という間の抜けた声がした事にも。 時間が少しバイツァダストしてシルフィードの下、約30メイル。 ボロボロのオスマンとモンモランシーを見つけたという事で特に怪しまれなかったフーケだが、まだ何かあると思っている。 何せ居ないのは、あのニューカッスルから脱出した二人。何らかしら行動を起こすだろうとは予想していた。 「……もう少し優しくしてくれても良かったんじゃが」 「手加減してやっただけ有難く思いな。それにしても、どう出るかだね」 見た目こそボロ雑巾だが、実際のところ中身はそれ程酷くは無い。 とりあえず、メンヌヴィルを相手にするつもりはないので、動いた時に他のメイジを始末する予定なのだが、肝心の動きが無い。 そうこうしていると、紙風船が食堂に飛び込んできた。 (少なくともこっちに人質が居る分、直接被害が出る物じゃない。……考えられる事は行動だけを無力化する事!) 全員貴族の子弟が人質となっているのに、無差別攻撃を仕掛けるはずはない。 瞬時にそう判断し、オスマンを盾にすると同時に激しい音と光が食堂を包む。 「やっぱりか……やってくれるよったく……」 「……わし学院長なんだけど、扱い酷くない?」 光をモロに受けたオスマンが目を押さえながら抗議してきたが、フーケにとってはあまり関係ない事だ。 「手加減した分、まだ貸しが残ってたみたいだから返して貰っただけじゃあないか。気にしない」 そう言ってイジけ気味の爺さんを無視すると、銃士とキュルケにタバサが飛び込もうとしているのを見た。 「これで終わってくれれば楽でいいんだけど……」 本当にこれで終われば楽でいいのだが、相手が相手だ。 「そうもいかないんだよねぇこれが」 メンヌヴィルが居た所から炎の弾が銃士やキュルケ達の所に飛ぶと爆発を起こす。 「所詮、素人が勝てる相手じゃないって事か。あいつもまだみたいだし、このままじゃあいつら死ぬよ」 無論、ここで自分がしゃしゃり出てもどうしようも無いので出て行く気はない。 だが、教え子が危ないというのにオスマンは落ち着き払っている。 「コルベール君があの中に居らぬから、まだ大丈夫じゃ」 「そういや、さっきもそんな事言ってたね。宝物庫の弱点をわたしに言った時はそんな感じはしなかったけど」 「……減給じゃな」 数ヶ月越しに秘密が暴露され、安月給がさらに下がったコルベールに少し同情したが 表では倒れたキュルケにメンヌヴィルが杖を向けていた。 白炎からすれば、炎の女王でもまさに微熱程度であるらしく、笑みを浮かべている。 それにしても、どうしてこうわたしが関わった男はこうもアレなヤツが多いんだろう。 エロジジイに、ロリコン子爵に、今まで見た事の無いのようなドS。そして焼ける臭いが好きだという白炎。 いい加減ウンザリしてきたが、今は死ぬかどうかの瀬戸際なので何とか己を保っていると、本当にメンヌヴィルの前にコルベールがやってきた。 「へぇ…あいつの炎を防ぐなんて確かにやるじゃないか」 キュルケを包もうとしていた炎を最小限の炎で押し戻したあたり、その実力が伺える。 だが、そうであるのならば疑問が一つだけある。 「それにしたってあれだけの実力があるなら、わたしだって危ないかもしれないのに」 オスマンが捜索隊を募った時、あの場にコルベールも居たが手を挙げなかった。 分からない事を考えても仕方ないので、二人の方を注視したが、メンヌヴィルはさらに嬉しそうにし、コルベールは対照的な顔をしている。 馬鹿笑いしながら話しているのでメンヌヴィルの声だけは聞こえてきたが、どうやら知った間柄らしい。 「本当に久しぶりだ!隊長殿!二十年か!教師をしているとは驚いたぞ!人の焼き方でも教えているのか?はははははははッ!」 そんな心底可笑しそうな声を聞いて、一つ思い当たることがフーケにある。 出撃前に、隊長を攻撃して返り討ちに遭い目を焼かれたと言っていたのを思い出した。 ……てく……がん……めェ……… 「……何か言ったかい?」 「わしはまだボケとらんよ」 メンヌヴィルの声に紛れて何か聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきたので、オスマンかと思ったが違うらしい。 どこからだろうかと思っていると、また聞こえてきた。 このク…カス…ァ……ァア…ア メンヌヴィルとコルベールの上の方から聞こえてきたのだが、暗闇であまりよく見えない。 だが、もの凄く聞いたことあるだけの声だけに、その方向を見つめていると 二人の上にある大木の枝が揺れると同時に、見覚えのありすぎるヤツがメンヌヴィルの頭を踏んだ。 「このクソカスがァァァァアアア」 どこぞの手首フェチの殺人鬼が乗り移ったが、テンパっている場合ではない。 地面まで10メートルの時点で、庭に植えられた無駄にデカイ木の枝をグレイトフル・デッドで辛うじて掴む。 素手なら掴みきれずそのまま落下だろうが、幸い一応人型スタンドを備えている。脚が無いとはいえあるだけマシだ。 なお、グレイトフル・デッドのデサインについてメローネがしきりに 『足なんて飾りだ。偉いヤツにはそれが分からんのだ!』と連発し非常に鬱陶しかったので殴り飛ばした事の詳細は割愛しておく。 だが、いかにご立派な木とはいえ所詮は枝。当然折れる。 それでも、続け様に太目の枝を掴んでいくと落下速度が落ちてきた。 地面まで4メートルぐらいになると、そのまま降りても一応死なないぐらいになっていたが 視界に眼帯かけてバカ笑いしている無駄にデカイやつが目に入ったので、頭を思いっきり踏むと綺麗に着地した。 「本当にオシマイかと思ったよ…クソが…!」 あのクソ竜、いつかブッ殺す。と言いそうになったが耐えた。言えば色々と全否定してしまう事になる。 というか、こういう厄介事はミスタでいいからマジに変われと最近の胃へのストレスから、少々そう思う。 何かもう、胃の中から『ロオォォォォドオォォォォォォ』という呻きが聞こえてきそうなぐらいに。 もっともそのミスタは追い込んだせいで素敵なお友達と共に入院中であるが。 「なぁ、No5…俺間違ってないよな…?」 「元気出シテクレヨォ…ミスタ~ジョルノダッテ、ソノ内分カッテクレルサ」 「ああ、俺の味方はお前だけだぜNo5…」 ヴェネツィア国際病院精神科において、そんな会話をするミスタとNo5だったが 「先生、ミスタさんが、また独り言を…」 「この調子だと、まだ時間が掛かりそうだな…」 その様子を偶然見た医師と看護婦にはピストルズは見えないので、精神面がやはりアレと思われ入院期間が延長となっていた。 方膝付いて立ち上がったが、呆然としているキュルケと気絶しているタバサ。そして、自分達と同じ空気を纏うコルベールを見た。 が、そのコルベール先生だが、それがベチャリという音を立てて地面に突っ伏したような感じだ。 空から人が降ってきた上に、メンヌヴィルの頭をイタリアが誇る赤と緑の配管工のように踏んだのだから無理も無いが。 「意外と派手な登場したね」 「若いんじゃろう」 そんな、のおほんとした会話をするのはフーケとオスマン さすがのフーケも空から降って、配管工よろしくメンヌヴィルを踏むとは思ってなかったらしい。 何か間の抜けた雰囲気だが、実際のとこそこら辺に指を吹っ飛ばされた銃士とかが転がっているので。結構な惨状である。 本人にしても、想定外だけにどうしたものかとちと悩む。 踏んだ事は特に気にしていないが、何の準備も無く敵のド真ん中だ。 いつもなら牽制も兼ねて広域老化を叩き込むとこだが、オスマンと話つけてるので使うわけにもいかない。 とりあえず、まず視線がタバサに向けられた。気にかけているというより、ガンを付けていると言った方が正しいかもしれない。 「こいつ…人をあんな目に遭わせといて呑気に寝てんじゃねえッ!!」 ルイズのような例外を除き、使い魔は大抵主人の命令で動くと認識している。 つまり、高度30メートルから落とされたのもタバサがやったのかと思っているわけで、少々ヒートアップしております。 この男、基本的に己に攻撃を仕掛けてくる相手は誰であろうと徹底的に叩き潰すタイプである。 まぁ暗殺チーム全体がそうなのだが。G・デッドのように能力上で巻き込むのならともかく、メイジで無いという事を知っている上でやったならアレだ。 例えどれだけ幼く見えようとも性別が女だろうと容赦しない。またまたスト様もビックリだ。 反応が無いので、蹴りの一発でもくれてやろうかと近付き、杖を軸に座るようにしているタバサを少し脚で揺らしたが、またしても反応は無い。 普通なら気絶していると思いそうなものだが、元暗殺者といえど人間である。心拍数絶賛上昇中で少しばかり動揺しているのだ。 本気で『罰』と書かれた紙でも貼り付けてやろうかとも思っていたりする。 イタリア人なのに『罰』とか突っ込んではいけない。そんな事をすれば、職業漫画家の吸血鬼がどこからともなくやってくr… WRRRYYYYYYYYYYYYYYYYY!!! 「ちッ…寝てるってわけじゃあねぇな」 少しすると、まぁ落ち着いたのか気を失っている事に気付いたが、とりあえず状況確認をせねばならない。 「おい、てめー敵か?」 頭を押さえながら立ち上がった眼帯の男に質問したが、この際ついでに首ヘシ折っときゃよかったかと、少し考える。 明らかに悪党面してるので敵だろうと思っているが、元とはいえ人の事言えない職業に就いていたのに随分と酷い。 「ああーーーーーーーッ!!」 そこまですると、今まで呆けていたキュルケが叫んだが、こちらも何時もどおりで何も変わってないらしい。 「よぉ、相変わらずだな。ちったぁ静かにしろよ」 「で、でも何で…!?」 「そりゃあこっちが聞きてーよ。言っとくが、ツケ利かねーからな」 「ぐが…何者だお前」 「質問に質問で返すんじゃあねぇ。今、質問してんのはオレだぜ。敵ならそのままくたばってろ。ボケが」 やっとこさ立ち上がったメンヌヴィルに向け吐き捨てるかのように返す。 味方だったらどうすんだと突っ込みが入りそうだが、例え味方であっても 『死んでないんだから文句無いはずだ。んなもん無いよな?ベネ(良し)、無いな』的な考え方である。 自己完結三段活用という非常に自己中心的な思考だが、それがギャング。 「あいつホント敵無しだね…」 少し離れた所でフーケが本気でそう思う。 こいつ、どこまでこの態度を保てるのか知りたくはあるが、知ればそれはそれで怖い。 何かもう、始祖にすらタメ口使って気に入らなければ、空気を吸うように自然体で『ブッ殺した』と過去形で言いそうだ。 そして、肝心のメンヌヴィルだが、何か知らないが嬉しそうだ。 「血と死の臭い。俺たちと同類か」 そう言うと、香りを吸い込むように鼻腔を広げたが、それを見てプロシュートの眉が若干歪む。 「惜しいな。隊長どのさえ居なければ、真っ先にお前を焼いてその焼ける香りを堪能してやるというのに」 その言葉を聴いてさすがのプロシュートも少し引いた。 ――こいつ変態か…!?そういう意味ではメローネと同類だが…… 無論、ビビったわけではない。しかし、事前に聞いていたとはいえ、いきなりそんな事をカミングアウトされればさすがに引く。 まして、人が焼ける臭いを好んで嗅ぎたいなど変態以外の何者でもない。誰だって変態の相手はしたくないのである。 なお、メローネと同タイプと評したが、あれだって任務以外でベイビィ・フェイスの息子を作ったりしない。 なにせ、上半身をピッチリとした袖の無い服で覆い、無駄に割れた腹筋とかが露になったその上にマントを羽織っている。 色々思い出したくない物を思い出させてくれやがったので少々気分が悪くなってきた。 したがって、現段階における目の前の眼帯男のプロシュートの評価は 『放火魔で臭いフェチの、隊長(多分コルベール)に異様なまでに拘ってるガチムチのキレてるド変態』 という極めて散々なものである。 「で、何だ。こいつ敵でいいのか?おい」 早いとこカタ付けちまおうと、意識が半分飛んでいるキュルケとコルベールに一応敵かどうか確認を取る。 もっとも、例え味方であっても排除したい気分にはなっていたのだが。 「え、ええ。そのはずだけど…」 「君、これは…」 「ああ、気にすんな。もう『終わる』からよ」 まだ何か言いたそうなコルベールの言葉を遮ったが メンヌヴィルまで距離およそ2メートル。辛うじてグレイトフル・デッドの手が届く距離だ。 問答無用の直触り。これで一気にケリを付ける。 スタンドが見えない以上、本体が動きを見せなければ対処のしようが無い。 まして、自分よりコルベールに目が行ってるので避る事などできはしない。 だが、掴もうとした時メンヌヴィルが一歩下がった。 …偶然か? そう思いもう一度仕掛けたが、やはり避けられた。 人間、不可視の物を回避する事は極めて難しい生物である。つまり『見えている』という事になる。 「てめー…見えてんのか?」 こっちでスタンド使いが出たというような情報は入っていないだけに自然発生したとは考えていないが ベイビィ・フェイスの息子、猫草、猿のような例がある。 ポルポのブラック・サバスあたりも一人歩きしているかもしれないという事も想定せねばならない。 『チャンスをやろう………向かうべき『2つの道』を………!!』 そんな事をのたまいながら矢を人の頭にブッ刺していくサバスが記憶の中から浮かんだが、そうなれば最悪だ。 グレイトフル・デッドの場合、どちらかを相手にするだけでも結構キツイのだが メイジ兼スタンド使いなぞが量産された日には、さすがに手に負えなくなる。 そもそも、スタンド使いがメイジと相対するにあたって、最大のアドバンテージが 一部の例外を除きスタンド・ヴィジョンが『見えない』という事である。 スタンド・ヴィジョン自体は近距離型であるが、あくまで老化込みなので接近戦はどちらかというと不得意な部類に属する。 相手に補足されない距離から老化を叩き込み、行動不能に陥った敵に接近してトドメを刺すというのが本来のやり方だ。 なにより致命的なのが、グレイトフル・デッドの機動力の無さにある。 脚が無いだけにスタンドそのものの移動は手で行うのだが、攻撃するとなると移動が不可能になる。 迎撃だけなら、ステッキィ・フィンガースクラスのラッシュをある程度捌けるが、中距離から攻撃されるどどうしようもない。 つまり、見えているのであれば、少なくとも広域老化抜きで勝てる相手ではないという事になる。 とんだ貧乏くじ引いちまったか?と思うがもう遅い。フーケはビビって出てこないし キュルケは精神的に、タバサは物理的に戦闘不能みたいなものだ。 残ってるのは…コルベールぐらいだが、フーケ追撃の時に手ぇ挙げなかった事を覚えているので、戦闘要員としては使えないと判断している。 仕方ねぇ、事後承諾だ事後承諾。使わなけりゃあこっちがヤバイ。使い魔が死んでも本体が生きてりゃ問題ねーだろ。 と学院を阿鼻叫喚の老化地獄に巻き込んでケリ付けようかと考えを改めたが、それをやる前にメンヌヴィルが口を挟んできた。 「ワルド子爵から聞いた事がある。妙な力に掴まれるなと。よく分からんが、空気の温度の変化で何をしようとするかぐらいは分かる」 それを聞いて若干拍子抜けした。感じているという事で見えているわけではないようだ。 「ああ、目が見えてないって事か。それだけってんなら安心だ。少なくともオレらの領分には踏み込んでないって事になる」 だからと言って不利な事には変わりないが、当面スタンド使い相手を想定しないで済みそうだ。 もっとも、直接見えないと言っても、感じ取られてしまうのであれば、そうそう接近戦に持ち込ませないだろうし メイジは元から中距離タイプだ。近距離パワー型であれば強引に突っ込んでもいいが、先のとおりそうではない。 正面から突っ込むのは下策というものだ。策を使う必要があるだろうが 普段から老化を使い盛大に正面から突っ込んでいるだけあって、やはりそう得意なものでもない。 そもそも、暗殺チームで策なぞ使ってるヤツが居たかどうかと聞かれれば、居ないと答えたくなる。 精々ホルマジオぐらいだが、あれにしても能力の応用というぐらいで、大概、各メンバー全員が能力を使って正面から突っ切るタイプだ。 さっきのでケリ付けたかっただけに、一度距離を取られるとやはり厳しい。 こいつ一人だけなら、火出した時に合わせて老化を使えばいいが、生憎まだ敵が他にもいる。 デルフリンガーが無い以上魔法の集中攻撃を受ければどうしようもないのだ。 ボスのような大物ならともかく、使い捨ての傭兵如きに相打ち狙いというのも釣り合わない。 策を弄する時間も無いだけに、どうすっかと、辺りを一瞥したが、コルベールが杖を出して割り込んできた。 「ミス・ツェルプストーとミス・タバサを連れて、下がってくれ」 「確かにまだ夜だがな。寝ボケてんのか?誰に物言ってるつもりだ」 邪魔だと言わんばかりに言い放ったが、本人からすれば実際邪魔なので仕方ない。 「これはわたしと彼の問題なんだ。頼むよ…」 かみ締めた唇の端から血が流れていたが、やはり纏う空気が違う。 そこに食堂から二人を狙うようにしてマジック・アローが数本放たれた。 それが勢い良く飛んで行ったが、二人の2メイル先で何かに弾かれたように消えたと同時に コルベールの杖の先から炎の蛇が飛び出し、そのメイジの杖を燃やし尽くす。 「これでも駄目かね?」 冷たい笑みを浮かべたコルベールがそう言ったが、その眼は腐るほど見てきたそれだ。 「…とんだ皮被ってやがったか?リゾットならとっくに見破ってたんだろーがな。つか撃たせる前に燃やせ。ダメージはねーが衝撃は来るんだからな」 纏めて食らえば、衝撃で骨が折れるだろうが、拳で弾く限りは魔法の矢の2~3本程度なら問題無いのだが、痛いものは痛い。 とにかく、こいつは自分たち暗殺チームと同じか、それに類するヤツだと認識した。 「オメーは立てんだろ?そいつ連れて行くぞ」 どういう理由で皮被ってたのかは知らないが、本性見せてやるというのであれば別段邪魔はしない。 こいつがやられても、終わった後の隙を突いて直をブチ込めば済む。 「待って!ミスタが…」 「本人がそう言ってるんだから助けなんていらねーだろ。第一オレが見たところいるようにも思えないがな。そんぐらい分かんだろーが」 キュルケがコルベールを見たが、プロシュートと同種のスゴ味を感じ頷く。 「それにしても…」 「何だ?」 「憎たらしくなるぐらい冷たいけど、周りの事を分かってるのは変わってないわね。ルイズに会ってもそうなのかしら」 「言ってろ。リゾットに比べりゃオレなんざ微温湯だ。オメーが暑苦しすぎんだよ。んな暇があんならさっさと立て」 さっき利用した木に背を預けると、観戦と洒落込む。 再び月が雲で隠れて闇の中になったが、職業柄夜目は利くので特に問題は無い。 しばらく見ていたが、戦況はメンヌヴィルが有利というところか。 互いに炎を飛ばしあっているが、コルベールの防戦一方だ。 「にしても、五月蝿いヤローだ」 馬鹿笑いしながらメンヌヴィルが魔法を飛ばしているのだが、非常に五月蝿い。 鉄砲玉にはなれても暗殺者にはなれない。そういうヤツだ。 そもそも、この任務自体が使い捨てなんじゃないかと思えてきた。 メイジと言っても金で雇われた傭兵だ。成功すれば良し、しなくても使い捨てる、そういう作戦だろうこれは。 経験上、流れのチンピラに仕事をさせるのは大抵が鉄砲玉なのでそう判断した。まぁ暗殺チームも組織から見れば似たような物だったのだろうが。 そうしていると、戦闘場所が広場の真ん中に移ったようで、よく聞こえないが何か話をしているのが分かる。 どうでもいいので特に聞こうとしなかったのだが、コルベールが膝を付いて頭を下げたのが見えた。 「てめーから仕掛けといて降参か?……いや、そうでもねーか」 何かある。 そう思うと同時に、コルベールが上空へ向けて杖を振ると小さな火球が飛び出る。 照明代わりかと思ったがそうでもないらしい。 その火球を見ていると、小さな爆発が起こり、それが広がっていくと巨大な火球が出現した。 これと似たような光景を一度見たことがある。 生で見たわけではないが、メローネがネットをしていた時に気化爆弾というのを一度だけ見たのだがそれとよく似ている。 気化燃料を空気中に撒き散らしながら周囲一帯を焼き尽くすというえげつない兵器だっただけに記憶にあった。 メンヌヴィルが倒れた後、静かになりコルベールの呟きだけがよく聞こえてきた。 「蛇になりきれなかったな。副長」 倒れたメンヌヴィルに向けて近付いたが、少々息苦しい。 さっきの炎のせいで酸素濃度が低下してるせいだろうが、息ができないというわけでもない。 隊長が倒されたのを見た他の傭兵が動揺しているがその程度の相手なら他に任せていいと思い、とりあえずはこちらの用を済ます事にした。 無事だった銃士やキュルケにタバサ。おまけに味方と思っていたはずのフーケが攻撃を仕掛けてきたのですぐにカタが付いたが 前に目をやると少し離れた所でアニエスがコルベールに掴みかかっている。 まだ『戦闘中』にも関わらず何やってんだと言いそうになったが、それより先に慣れた気配を感じた。 「てめーらボケっとしてんじゃあねーぞッ!!」 二人の後ろに、どこからか放たれた炎が迫る。 あんな気配を出したのだ。発せられた場所は分かっている。 だが、それでも二人にとってはスデに至近距離の上体勢も悪い。魔法で防御は不可能だ。 咄嗟にコルベールがアニエスを突き飛ばし、身代わりになろうとした。 「貴様…!」 「……すまなかった」 直撃する。そう思いキュルケが目を反らせたが、それより先に誰かが割り込んできた。 「…ッ!馬鹿が!あんなもんで人一人殺れると思うんじゃあねぇ!」 その叫びと共に炎の中に紫がかった半透明の左腕を突っ込む。 「~~~~~ッ!ってぇだろクソがッ!!」 火球が空中で燃え上がったが、元々の射程距離がそう長くないだけに本体の左腕に余波を受けた。 すぐさまグレイトフル・デッドの右腕で炎を消したが スタンドで本体をある程度防御したとはいえ、本来なら鉄をも溶かす温度だ。 当然ながら左腕に相応のダメージはある。魔法か何かで治さない限り当分使い物にならないだろう。 火が放たれた先を見たが、メンヌヴィルが立ち上がっている。 「『爆炎』を受けてまだ…」 「知らねーようだから教えといてやる…! 人間ってのは5分ぐらいなら息が止まっても蘇生できるんだとよ。てめーの温いやり方のせいで予想外のダメージ貰っちまった…ッ!」 それにしたって何らかの蘇生処置が必要だが、傭兵として鍛えていただけの事はあるという事か。 「大体、何だありゃあ?部屋ん中ならともかく、あんなもん外でやったら意味ねーだろうが」 いかに巨大な火球が酸素を燃やし尽くそうとも、消えれば周りから自然に集まってくる。 ついでに説明を加えるなら、威力こそ遥かに上だが、同じ原理の気化爆弾にしても周囲に居る人間を酸欠にするのではなく 一酸化炭素中毒と、爆風を受けた時に起こる急性無気肺との合併症による窒息である。 まして、火球が作られていたのは僅かな時間にすぎない。 致死量の一酸化炭素ぐらいなら作れるとは思うが、それを相手が吸い込むかどうかは別問題だ。 ミスタの頭に三発弾丸をブチ込んで、まだ生きていたというのを体験している身だけあって、あんな程度で死んだと思い込む方がどうかしている。 それでトドメ刺そうとメンヌヴィルの所に行こうとしたのだが、揉めている二人に気を取られたせいで後手に回ってしまった。 「ガハッ!…ハッ!…ははははは!さすがだ!さすがオレが惚れただけの事はあるな隊長殿!」 ok。それを聞いてプロシュートの中で『ガチホモ』という項目が新たに追加されメンヌヴィルの評価が落ちるとこまで落ちきった。 これ以上下がるなら、マンモーニぐらいだろうが、それは望めそうに無い。 「終わるまでそこで見てろ。テメーもだ。恩には恩を、仇には仇を。このダメージは倍にして返すッ!」 左腕を焼いたのはこれで二度目か。上着は脱いでいたから前とは違って無事だが、シャツが少し焼けた。これだって高かったから余計ムカついている。 「しかし、平民に助けられるとは運が良かったな。さぁ続きだ隊長!」 「悪いな。あのハゲは女とよろしくやるらしいから忙しいらしい。選手交代させてくれ」 コルベールとアニエスから離れたプロシュートがメンヌヴィルに近付いたが、メンヌヴィルは興味無さそうにしている 「邪魔だ。平民が、まして左腕を焼かれたお前に何ができる」 「ッ…!腕一本で勝った気になってんじゃあねーぞッ!」 まだコルベールの方を向いたメンヌヴィルの後ろから、かなりイラついた感じの声がかかる。 左腕が使い物にならなくなったとはいえ、その眼は依然として死んでなどいない。 「どいつもこいつもナメた真似してくれやがる……ギアッチョじゃあねーがいい加減イラついてきたぜ」 腕や脚の1~2本が千切れても食らいついたら離さないというのが暗殺チームだ。 この程度で参ってるようでは話にならないのだが、この目の前のクソッタレのデカ物は、それだけで相手にしようとしなくなっている。 まぁ、その、なんだ。 用は早々に戦力外扱いされた事にスッゲェムカついているわけである。 ペッシとかなら間違いなく額に浮かぶ青筋を見ているはずだ。 「今はお前ごとき平民に構っていられんのだ。隊長どのをじっくり炙ってやらねばならん」 目に見えはしないが、語気から判断したのかメンヌヴィルが後ろを向いたまま話してきたが、明らかにナメている。 暗殺チームは組織の脅威となる者は政治家だろうと、アメリカのギャングだろうと全て取りのぞいて来た。 そしてその任務達成率は100%である。暗殺という過酷な任務からして、その達成率は他に類を見ない物だろう。 パッショーネ内ですら、本来なら敬遠されている方々なのであるのだが、それをこうもナメてかかられているというのはワルド以来久しぶりだ。 こうも調子付かれると、やはり気に食わない。 「素人風情が……調子乗ってんじゃあねーぞ」 暗殺任務に必要なのは、冷静かつ素早く確実に対象を始末するかという事が必要だ。(ギアッチョは例外としても) フーケのように盗みなどならともかく、殺しの中で愉しむなぞド素人もいいとこである。 そんなド素人にナメられるなぞ『侮辱』とも取れる行為であり、普段冷静な判断が出来る方のプロシュートとはいえ、かなりムカついている。 まぁ、残った冷静な部分で、スタンドを知らんので仕方ねーわな。 とも思っているのだが。 しかし、こうメイジを相手にするとなると、こちらとしてもスタンド使いの相方が欲しい。 フーケでも特に問題は無いっちゃあ無いのだが、隠密性や即効性が高いだけにスタンド使いの方が適している。 猫草を思い出したが、0.1秒で却下した。 アレはフリーダムすぎて扱いきれる代物じゃあない。というか奇妙な植物が生えた鉢植え持って戦うのは無理がありすぎる。 あのエテ公を殺すんじゃあなかったなとも考えたが、スデに終わっているので考えても仕方ない。 無い物強請りをしてもしゃーないので、精々フーケをコキ使ってやるかと結論付けたのだが 知ったらフーケは間違いなく泣くはずだ。……いやもうスデに泣いているか。 「たかが腕一本で能書き垂れてんじゃあねぇ。どこ見てやがる」 「調子付くな。体温が上がっている上に息も荒い。隊長の焼ける香りをたっぷり味わってからゴミのように殺してやる」 メンヌヴィルがそう言った瞬間、プロシュートからため息が出る。 「…ったく。少しはマシなのが出てきたと思ったが…お前もそうか」 思わず右手を額に当て、落ちてきた髪を戻す。 『殺してやる』。これを聞いた瞬間、イラつきが全てフッ飛びどうでもよくなった。 「『殺してやる』なんて言葉は…終わってから言うもんだ。オレ達『裏の世界』では特にな」 思わず説教(あくまでギャング的な意味の)染みた言葉が出たが、無理も無い。 向こうでは『最も』使う必要の無かった言葉を言ってきたので、一種の条件反射というやつか。 ――ああ、クソッ!こいつブン殴って説教してェーーーー。 そう思ったか定かでは無いが、とりあえず終わったらフーケにギャング的心得を叩き込む事に決めた。 多分、抵抗されるだろうが知った事か。 犯罪者としての自覚があるなら、覚えておいて損はない。 なお、暗殺チームにおいてこの講習を受けたのはやはりペッシだけである。 対象は、問題児(児って歳でも無いが)三人組のメローネ、ギアッチョ、ペッシなのだが ギアッチョはスーツ装備して聞いてねーし、メローネは早々に逃げ出したので、三人分纏めてペッシが受ける形をなっている。 この場合、ものスゴク八つ当たりに近い物があるのだが関係ない。 序盤で三人娘もろとも始末するつもりだった己の過去を存分に呪うがいい。 ギャングスターというものは恩も忘れないが、仇も決して忘れないという難儀なナマモノなのである。 「急に何やっとるんだね」 「ちょっと敬虔なアルビオン人の血が騒いで…」 そして、フーケが何かこう5ページにも及ぶ『無駄』とか『マァヌケめぇ』とか 『老化しよ、ねッ!背中見せよ、ねッ!ねッ!』とか『オーノーだズラ』とかいう無数の幻聴が色々聞こえてきて なにやら何とも言えない微妙な気分になり泣きそうになりながら信じた事の無い神様に祈っていた。 ディ・モールト疲れてるんです、ねッ!この人(23歳)。 「仕方ない。五月蝿い蠅から焼くことにしよう」 やれやれと言わんばかりにメンヌヴィルが首を振ったが、ようやっと杖がプロシュートに向けられる。 それと同時に横に避け回避。今まで居た地面に炎の弾が飛び爆発した。 「ほう、よく避けたな。だが、続けてどうだ?」 「馬鹿の一つ覚えが…」 続けて回避行動。さっきの戦闘を見る限り、ホーミングもするようだが、それをしないあたりやはりナメている。 爆発で地面に穴を開ける事数度。至近で受けた爆風で体勢を崩したのかプロシュートが膝を付いた。 「どうした、もう終わりか?やはり、平民は平民か」 「強いな…確かに強い。一つ聞くが、お前とあのハゲとはどういう関係だよ」 「この際だ、説明してやろう。あの男は魔法研究所実験小隊の元隊長で、オレから両目の光を奪った男だ。オレは隊長殿にぞっこん惚れた。 あいつみたいになりたいってな。そう思ったら背中目掛け杖を振った。その結果がこの両目だ。さぁお喋りの時間は終わりだ。燃やしてやる」 メンヌヴィルの杖の先に炎が巻き起こったが、対するプロシュートの発する声は極めて落ち着いている。 「ああ、そうだな。オレをナメきってくれたおかげで助かったよ。こうして話していた間にも時間が稼げた」 「時間だと?隊長殿の怪我を治す時間稼ぎか?なら礼を言おう。また隊長殿と戦えるのだからな」 「目が見えないってのは大変だな。人の温度の見分けは付くらしいが、他はどうだ?植物とかよ」 植物ってのは何年経とうが温度が一定だからな。オレの能力も利き辛いんだが…直は別なんだぜ?グレイトフル・デッドの直触りはよォ~~」 「植物だと?極上の香りというものは生物を燃やしてこそだ。植物など燃やして何になる」 どうやら、直という意味を理解していないらしい。どうやら、あのヒゲはこいつには老化の事は伝えていないようだ。 まぁ、知っていようがいまいが、手遅れだ。もうスデに『終わって』いる。 「温度には敏感でも音はどうだ?気付いたか?あの音に。ま…もう遅いんだがよ」 「何?何だ、この音は?」 「その位置だ。お前のその位置が、ディ・モールト良い」 今までこそ小さかったが、今ではハッキリと聞こえる。何かがひび割れたりするような音だ。 メンヌヴィルが魔法で地面に空いた穴。プロシュートが片膝を付きながらそこに手を突っ込んでいる。 「遊んで適当に狙いを付けてくれたお陰だ。手間が省けただけ礼を言うぜ。こんだけデカイと適当に穴開けるだけでもすぐ見つかるもんだ。根ってのはな」 穴から引き抜くように手を出すと、木の根がその手に掴まれていた。しかも、スデに枯れ始めている。 スタンドを展開しているだけあって爆風でのダメージなぞ無いに等しいのだが、良い感じにナメていただけあって勘違いしてくれた。 「今日二度目の頭上注意だ。本日の天候は晴れ。……所により倒木にご注意下さいってか」 言い終えると同時に老木がメンヌヴィルの後ろから倒れ込んできた。さっきの木が老化でボロボロに崩れ幹が折れたのだ。 根を介しての直触り。いかに寿命が人のそれより長いとはいえ、直ならば容易く枯らす事ができる。 「うぉぉぉぉおおお!馬鹿なァァァアア!こ、この木は!この木はこんな…!」 「オレに対しての情報不足だな。文句あるならワルドかフーケに言えよ。おっと、ただし地獄でだ」 倒木にメンヌヴィルが巻き込まれたが、杖の先に出ていた炎が燃え移った。 メンヌヴィル自身の魔法の火力が高いだけに倒木が一瞬にして燃え上がり、身体を包む込んでいく。 「自分の火で焼かれちゃあ世話ねぇぜ。クソみてーな臭いだが、オレからの礼の代金だ。そんなに好きなら死ぬまでじっくり味わえ」 「………貴……ァ……」 炎の中でメンヌヴィルが何か言っているようだが、大して聞こえはしないし、何より興味が無い。 何時の間にか晴れた月と燃え上がった倒木を見て一息付く。改めて自分の能力の使い辛さを認識した。 だからといってこればかりは、本人の精神の表れなのでどうしようもないのだが。 「にしても…焚き火ってのはもう少し情緒があるもんだが…こりゃあいいとこゴミの焼却ってとこか。後始末が大変だ…」 なにしろ、デカイ。デカイだけに火の勢いも結構なものだ。まぁ火の始末は他のヤツに任せるとしたが、キュルケの怒鳴り声が届いた。 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/714.html
マリコルヌ・ド・グランドプレ――現在17歳、彼女なし、童貞 この物語は彼の熱き恋のHistoryである! 「ルイズの奴、平民なんか召喚してるぜ!」 「うるさいわね!この風邪っぴきッ!」 「誰が風邪っぴきだ!僕は『風上』のマリコルヌだぞ!」 「マリコルヌ君。時間がないですからちゃっちゃと済まして下さい」 落ちこぼれの同級生を茶化していた一人の生徒が教師に促される。 トリステイン魔法学院と呼ばれるこの場所は貴族の子息たちが集う学び舎である。 ただし、この学院で教えることは魔法学院の名の通り、この世界で絶対的権力を持つ 貴族たちのその立場を支える魔法と言う技術を教える場所であるのだ! 今日はその生徒たちの使い魔となり、そして彼らの今後を左右する重要な儀式 『サモン・サーヴァント』が行われていた。 「さて、『ゼロ』のルイズにこの『風上』のマリコルヌが 本当のサモン・サーヴァントを見せてあげよう」 「うるさいわね!失敗するところを見ててあげるわ!!」 「『ゼロ』の君と一緒にしないでもらいたいなぁ」 嫌味にニヤつきながら呪文を唱え、彼の前にゲートが現れる。 しかし一向に使い魔となる生物が現れない。 「あれあれ?風邪っぴきの使い魔さんが出ていらっしゃらないわ? ひょっとして使い魔になりたい生き物がいないのかしら?」 「う、うるさいな今に出てくるさ!それから僕は『風上』だ!」 それからしばらく待つも一向にゲートを通ってくる気配がない。 周りの同級生たちと教師の視線が突き刺さり、マリコルヌの心に 不安と言う名の雲が広がっていくその時であった。 ゲートの表面に変化が訪れ、一体の生物が姿を現した。 「きッ来たあー!ほら見ろ来たじゃないか!……あれ?」 「ひょっとしてコレって平民じゃないの?」 「君まで平民を呼ぶなんて……どうしたんだいマリコルヌ?変な顔をして」 マリコルヌは自分が呼んだ平民の少女に釘付けとなった 一目惚れというヤツである。 「マリコルヌ君まで平民を呼ぶとは……」 「なによ、自信タップリに言ってこの有様?なっさけないわね」 「本当にどうしたんだいマリコルヌ?顔が真っ赤だよ」 級友の嫌味や心配の言葉など耳に入らず、マリコルヌは女性に見入っていた 露出過多な服装に包まれた、猫科の動物を思わせるしなやかな肢体 気の強そうな顔立ち、その全てがマリコルヌの心臓を震わせ、 脳髄に走った熱い衝撃は彼を燃え尽きさせた。 「マリコルヌ君、早く契約を済ませなさい」 「……ハッ!?サーイエッサー!マリコルヌ契約を行いますですサー!」 鼻息荒くジワリジワリとにじり寄るマリコルヌ、その姿はハッキリ言って変質者のそのものだ。 そして少女の唇に自分の唇を合わせようとしたその瞬間! 彼の口に『見えない何か』が突き込まれた! 『テメェー!ナニキスシヨウトシテヤガンダァーッ!コノブタ野朗ガァー!!』 「おぶべッ!?」 『シャブレ!ワタシノ拳をシャブレ!コノドグサレガァッ!!!』 「おごごごご?!」 周りにいた者たちは何が起こったのかわからなかった。 契約を行おうとマリコルヌが顔を近づけたら、何故か口を限界まで開けて 地面に横たわったのだ! しかし、すぐにそれは間違いと気付いた。なぜならマリコルヌが何もない空中に 手を掲げて必死になって『何か』を掴もうとしていたからだ! 「マリコルヌ!何をやっているんだね?!」 「なんだか判らんがとにかく彼を助けねば!」 マリコルヌを助けようと教師や生徒が走り出す。 『コッチニクンジャネェー!コノコッパゲガァ!!』 「なんだ?!足が動かんッ!」 「うわわわ!?助けてくれ!僕のモンモランシー!」 『ゴキブリホイホイニ捕マッタミテーニ這イツクバッテロ!』 教師と多数の生徒たちがマリコルヌの手前で突然転んで地面に張り付けられたように 身動きが取れなくなっていた。 それと同時にマリコルヌの口に詰められていた『何か』が僅かに引き戻されるのを 感じ取り、跳ねるようにマリコルヌは飛び起きそして平民の女性に自分の顔を叩きつけた! 「うぶぶ…ぶはッ!な、何よアンタはッー!!」 唇を何かで塞がれた少女はその衝撃で目が覚め、自分が見知らぬ男にキスされている ことを知って二度衝撃を受けた。そして更に――― 「うあっ!熱ッ!」 胸に焼き鏝を押されたような衝撃を受け、三度に渡る衝撃で気を失った。 「お?おお!身体が動くぞ!」 「怖かったよーモンモランシー。君のその胸の中で僕を慰めてくれえー」 少女が気絶すると同時に張り付けられていた教師たちが起き上がる。 それを見て満足したようにマリコルヌは微笑むと、ファーストキスをしたことを思い出し その衝撃で気を失った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1823.html
トリステイン魔法学院へと続く道を、ユニコーンが牽引する壮麗な馬車が通り抜けていた。 その馬車には、黄金とプラチナによって王家の紋章が麗々しく飾り付けられている。 トリステイン王女、アンリエッタの乗る馬車である。 馬車には薄手のレースのカーテンがかけられているため、中の様子は全く垣間見ることはできなかったが、街道に詰め掛けた平民の野次馬には、そのようなことは関係ない様子で、熱狂的に王女の名を呼びかけていた。 「アンリエッタ王女万歳! トリステインに栄光あれ!」 街道の端に並んだ群衆から馬車を引き離すかの様に、漆黒のマントを羽織ったメイジたちが周囲を警護していた。 名門貴族の子弟にのみ入隊を許された王室直属の近衛、魔法衛士隊の隊員であった。 彼らこそ、トリステイン王国屈指の花形、トリステインの魔法の正当な歴史を受け継ぐメイジ達であった。 アンリエッタは馬車の中で深いため息をついた。それを隣に座っていた痩せぎすの男に見咎められた。 「そのため息で本日で十三回目になりますぞ。殿下」 「いいではないですの? わたくしに向かって『トリステインに栄光あれ』などと。 そのような事をいわれるのはもうそんなにないことなのですから」 王女は不満そうにつぶやいた。彼女はもうすぐ隣国ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになっているのだ。 「私がこの国にいることができるのはいつまでなのかしらね? マザリーニ枢機卿殿?」 「そうおっしゃられませるな。殿下」 マザリーニは内心で舌打ちをした。 アンリエッタ王女とゲルマニアの皇帝との婚姻を提案し、婚約と引き換えの軍事同盟締結にまでこぎつけたのは、すべて彼の発案によるものである。 そしてこの結婚にアンリエッタの意思は全く考慮されていない。 しかし、弱小国であるトリステイン王国にとって、隣国の強国であるゲルマニアとの同盟は国益の観点から言っても必ず達成されなければならない至上課題なのであった。 その点についてにはマザリーニの私心は全くなかった。 「殿下もご存知のはず。かの『白の国』、アルビオンの王家が内戦によって打倒されつつあるということを。 もしかの国の王権が覆されるようなことがあれば、アルビオンの叛乱軍共は、同じ『始祖ブリミルの子孫の国家』たる我々にも攻め入ってくる事は必定でございます」 アンリエッタ王女はため息をつきながらそれに応じた。 「それくらいわかっていますわ。あの礼儀知らずの人たち! 彼らの愚挙は、けして始祖ブリミルが許しはしないでしょう」 「しかしながら、アルビオンの叛乱軍共は強力です。いつアルビオン王家が滅亡してもおかしくはありません」 彼の言葉は冷酷だったが、純然たる事実であった。 「ええ、その通りですとも。私は道化から人形になる覚悟はすでにできていますわ」 アンリエッタはそういい捨て、彼の反対側の窓のレースを腕でくぐらせ、外にいる群衆に向かって微笑とともに腕を振って礼を返していた。 馬車の一群はすでに学院の敷地内に入っているので、周囲は学院の関係者しかいない。 それでも、見物人の歓声の大きさはすさまじいものがあった。 その笑顔には一辺もの不満の感情を見せていない。トリステイン王家の教育の賜物であった。 「あら、うわさの王女様も、実際見てみるとたいしたことないのね。あなたのほうがすてきよ、タバサ」 王女一行の取り巻いている群衆から離れたいるところに、二人組みの女学生がいた。 一人は馬車一行を見物しているが、もう一人の青髪の少女は持参した本から頭をあげようともしない。 「どうしたの?」 「歓声。 読書に集中できない」 キュルケは半ば強引につれてきた親友の、あいかわらずのマイペースぶりに微笑んだ。 「そんなんだから、あなたは恋人の一人もできないのよ。せっかく素敵な顔を持っているのに… ほら、あの口ひげをつけた隊長みたいな人、なかなか素敵じゃない? タバサ、あなたどう?」 「興味ない」 「しょうがないわね…あら? 護衛の騎士たちが前のほうにかけていくわね。 何をするつもりなのかしらね……って、ロハン!?」 その言葉にはじかれたように、タバサは本に向けられていた視線を馬車の一群に目を移した。 キュルケの言うとおり露伴がいる。というか、女王の馬車のすぐ近くででスケッチをしているようだ。 見れば、護衛の隊長らしき人と言い争いをしている。 当然だ。女王の馬車の進路を邪魔しているのだから。 そこにあわてて桃色の髪をした少女が走っていくのが見える。 「あら、つまみ出されちゃったわね」 キュルケが面白い見世物を見たような気分で微笑む。 実際には、露伴は風系統の魔法とルイズの失敗魔法のコンボでふっ飛ばされた、というのが正解だろう。 タバサは、こっそりと彼の予想着地点に向かってレビテーションの魔法をかけた。 魔法の効果が確認されると、ほっと一息をつき、本の世界に戻っていった。 ――王都トリスタニア―― 土くれのフーケはチェルノボーグの監獄に入れられていた。 彼女はこの薄暗い土牢の中、裁判の時を待たされている。 情状酌量のある刑罰は到底のぞめないだろう。 彼女は今まで貴族の、中でも金持ち連中の宝物庫を荒らしつくし、彼らを嘲笑ってきたのだ。 そんなやつらが陪審員を務める裁判で、温情のある判決が出るとはとても思えない。 それにしても。 彼女は今思い出しても気分が悪い。 「やってくれたもんじゃないのよ」 フーケは自分をこのような境遇に追い込めた、キシベロハンという男に思いをはせていた。 あの男は、明らかにこの世界の系統魔法とは違う方法で自分の動きを止めてみせた。 おそらく先住魔法でもないだろう。 いったい、あの男は私に何をしたっていうのかしら? 思わず、牢の土壁を力こぶしで強くたたき、口惜しいつぶやきが口から漏れいでる。 「なんなの? あの男」 いつもなら、この程度の音で番兵が怒鳴り声を上げてくるのだが、今日に限ってそれがない。 フーケは不審を感じ、周囲に聴覚を走らせた。 通常の彼女なら『ディテクトマジック』かなにかの魔法を使うのだが、あいにくと杖は取り上げられている。 そしてこの牢屋の中には杖になりそうなものは何もない。 それどころか、食器まで金属製のものが一切廃されている。文字通り、囚人のメイジに何もさせないつもりのようであった。 遠くから番兵の驚く声が聞こえる。 「な、なんだ……お前は?」 あの看守が向こうの方で悲鳴を上げている。ニヤニヤ笑いをしながら嫌らしい目で見てくるあの男。 「ぐぼッ!」 あの男の声で、何かゴボゴボという音が漏れ出でてくる。とにかく尋常ではない。 「なにがあったの……?」 そのとき、体中にそよ風を感じた。 ……ありえない。 この土牢は地下深くに作られているのだ。しかも、フーケは一番奥の独房に閉じ込められている。外部の風がここまで来るとはとても考えられない。 それに、その風には、何か生臭い香りが含まれていた。 「一体…?」 気がつかないうちに、目の前に見慣れぬ男が立っていた。 看守ではない。この男は、顔を隠すように白く塗られた奇妙な仮面をかぶっている。 どうやら特殊な石でできているようだ。 「私に用ってわけ?」 「ああ、そうだ。マチルダ・オブ・サウスゴータ」 彼女は戦慄した。自分の捨てたはずの名を知っていたこともさることながら、 この男の口ぶりからは、ある意思が読み取れる。 いざとなったら、躊躇なく人を殺しにかかる漆黒の意思を持っている…… 「何から何までお見通しってわけね……で、何の用?」 「ぶしつけかも知れんが、われわれの仲間になってもらいたい」 仮面の男は、フーケの虚勢を見抜いたかのように軽い笑いと共に話を続けてきた。 「君の両親のアダを討ちたいとは思わないかね?われわれと一緒ならば、それができる」 「ふ~ん…あなたたちはアルビオン王家に敵対する勢力ってわけね……」 フーケはあくまで虚勢を張りつつ高飛車に応じる。この男の組織は、どこまで私のことを知っているのだろうか? まさか、妹のことまで知っているのか? あの間の抜けた妹は無事なの? そのような疑問を抱いているのを知ってかしらずか、仮面の男は高飛車に話を続ける。 「正確には、我々はハルケギニアの統一を目指し、聖地を奪還を目的とした組織だ」 「その口ぶりからすると、あなたは貴族様ってことね? おあいにく様、わたしはそんなお遊びに付き合うほどの趣味は持ってないわ」 「だが、暇は有り余っていそうだがな」 鷹揚に答える男を前に、フーケは自分でも答えのわかりきった疑問を、あえて口にだして言った。 「もし、仲間にならないといったら?」 「私に三下の台詞をはかせるつもりか? まあいい、君の死体に衛兵殺しの罪が追加されるだけの話だ」 彼女は決心せざるを得なかった。 問題は、今。このとき。自分の身なのだ。 妹の無事も気になるが、もし男たちが彼女の存在を知らなかった場合、安否を問うのは墓穴を掘ることになってしまう。 「いいわ。協力しましょう」 彼女は精一杯の皮肉な微笑をうかべたまま尋ねた。 「でも、教えて? せめて私が協力する組織の名前くらいは知りたいじゃない?」 男は、どこぞの高名な暗黒魔術師のように、奇怪な口ぶりでその組織名を唱えた。 「『レコン・キスタ』」 ――その頃、トリステイン学院にて―― 「さて、こうしてみんなに集まってもらったのは他でもないの」 ルイズの部屋に、ルイズ、ブチャラティ、露伴、鞘を抜かれたデルフリンガーが集結していた。 彼らは丸いテーブルを囲んで、それぞれ思い思いの格好でいすに座っている。 ルイズは背をきちんと伸ばして、自分の使い魔たちに問いかけた。 「私の品評会、どうしたらいいのかみんなの意見を聞きたいわ」 彼女の頭を悩ます『品評会』とは、先ほどコルベールが授業を中断させた理由でもある。 二年生が、みなの前で召喚したばかりの自分の使い魔を披露する、いわば召喚の披露宴である。 いってしまえば、単なる使い魔のかくし芸なのだが、当事者のメイジにとってはそうも行かない。 なぜなら、使い魔の格は主人の格をも具現化しているのだ。 使い魔が無様なまねをしてみれば、主人の名誉も傷つく。 いくら『ゼロ』とはいえ、仮にも名門の出であるルイズにとって、そのようなことは是が非にでも避けたい事態であった。 「僕の出場はできないらしいぞ」する気もないがな。と、岸辺露伴がふてくされたように口火を切った。 彼は椅子を前後逆にした座り方で座り、口調同様、心底だらけきっている。 露伴からしてみれば、この場所でこのような話し合いをすること自体意に沿わないらしい。 「どうして?」 「いや、王女のやつが僕のマンガの大ファンらしくてね。 僕が参加すれば何もしなくても僕の優勝が決まってしまうらしい」 「アンリエッタの姫様はそんなえこひいきをするお方ではないわ! それに、 ヤ ツ とは何事?」 「しょうがねーな。恐れ多くもアンリエッタのナントカ様の取り巻きが無駄に気を使うんだと」 「となると、俺が何かをやるべきだな」 そういっているブチャラティは、どことなく朗らかな雰囲気をかもし出している。 彼は足を組んで座っているが、その上に組んだ手が落ちつかない動きをしていた。 そこに、露伴とブチャラティの間に立てかけてあるデルフリンガーが口を挟んできた。 「お前ェさぁ、なんだか楽しそうだな」 「ああ。俺は学校での出し物とか学院祭とかは今までやったことがないんだ。いろいろ事情があってな。参加したくてもできなかったんだ」 「そうか、悪りぃ事聞いちまったみてぇだな」 「いや、気にするな。それよりどうだ? 俺たちであのダンスを披露するというのは? ルイズも結構うまくなっただろ」 「却下。冗談じゃないわ」 「じゃあ手品は? 胴体切断マジックには自信があるんだ」 「……それは本当に勘弁して。 第一、あれ手品じゃないでしょう!」 ルイズはいまさらながら吐き気を催したように口元を押さえる。 先ほどのミスタ・ギトーの惨状を思い出したようであった。 「じゃあ、どうすればいいっていうんだ?」 「それを聞くためにみんなに集まってもらったんじゃないのよ!」 「おい、デルフ、君は何か案はあるかい?」 「俺は使い魔じゃねえから出たって意味ねえしなぁ。それにいい考えもうかばねぇ」 「困ったな…打つ手なしか?」 「ブチャラティ、あなたスタンドで何かできない? 猟奇的なものは無しの方向で」 「それは難しいな……」 「なんでよ!」 しきりに首をひねっていたブチャラティが、突然さわやかな笑みを浮かべ、叫んだ。 「そうだ! 俺は人の汗をなめることでその人が嘘をついているかどうかわかるんだ!」 爆音が学院中に轟いた。 ――とある酒屋にて―― 脱走した土くれのフーケは円卓にすえられた椅子に座り、仮面の男と密談をしていた。 仮面の男が確認する。ワインを自分で手酌しながら聞いていたが、この男からは怠惰な気配はまったくみうけられない。 どころか、常に周囲の殺気に気を配らせている。相当の実践経験があるようだった。 「それで、その『使い魔』の名前は『ブチャラティ』と『キシベロハン』でいいんだな? そして、両方とも『ガンダールヴ』であると」 「ええ、あまり驚かないのね」 「まあな、『虚無』の系統には多少知っているものがあるのでね。 実はこの会談、二人で行っているのではなかった。 フーケと仮面の男の間に、今まで沈黙を守っていた、奇妙な人物がすわっていた。 仮面の男はその人物を無視したかのように話を進めていたが、ここに至ってはじめて、この隣の人物をフーケに紹介した。 フードを目深くかぶっているので、表情の観察はおろか、顔の判別すら難しい。 「そのことについてなのだが、この男は自称『ミョズニトニルン』だそうだ」 フードをかぶった人物は、仮面の男の茶々を気にせず、軽くうなずいて話し始めた。 「よろしくお願いします。伝説の使い魔、『ミョズニトニルン』です」 その口調のイントネーションから、まだ年端も行かない少年を連想させる。 しかし、彼の口調に、なぜかフーケは理由のつかないムカツキを覚えていた。 「わかりました。彼らの能力はおおよそ把握しています」 突然の言葉に、フーケは絶句した。 「何ですって?」 「前提としていっておきます。彼らの能力はこの世界の魔法ではありえません。 それは『スタンド』という、その個人の持つ固有の能力です」 少年が続ける。茶色いフードをかぶっているので、フーケには顔が見えなかった。 「まず、『ブチャラティ』の能力についてですが、あなたは能力を実際に見ていますから、あなたが説明してくれませんか?」 「あら? あなた方は知らないの?」 フーケは自身が体験した、ブチャラティの能力をかいつまんで説明した。 「わかりました。ところで、あなたが疑問に思っていた、『キシベロハン』の能力ですが、私は部分的ですが知っています」 「具体的には、私は彼の能力の一端を体験して知っています。 その能力とは、『人を本にし、そこに文を書き込むことで他人の行動を操る』」 「ずいぶんとすさまじい能力だな」 仮面の男が心底驚嘆したような声を出した。 こういう本心から出た声を聞くと、フーケとってはなかなかにいい声の持ち主に思えた。 牢獄であったときとはまったく違う、いい印象を抱かせられる。 案外面白い男なのかもしれない。 「つまり、私はあの時『本』にされ、ミス・タバサに関して危害を加えることができないようにされたってわけね、ミョズニトニルンさん?」 「はい、恐らくはそうです」 「ならば、彼女は今回の計画に参加できない可能性があるのではないか?」 仮面の男が心配そうに声をかけてくるが、少年らしき男は落ち着いた声でそれを否定した。 「問題ありませんよ、彼女は直接攻撃ができないだけのようですし、そのほかの縛りも薄いようです。もし岸部露伴に本格的な攻撃をされていたのなら、彼女は僕たちにロハンの名前すら教えられなかったでしょうから」 「それに、大丈夫です。いざとなったら、我々がフーケさんを何とかしますよ」 少年から、妙な確信とも言える言葉が紡ぎ出されていた…… To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1125.html
アルビオンでの戦いは貴族派が勝利した。 それによってアルビオン王国は神聖アルビオン共和国へと名を変えた。 ウェールズの事に関しては、今はトリステイン国が匿っていて、今の所アルビオンが何か言ってくる気配は無いらしい。 ゲルマニアとの同盟も締結され、とりあえず一安心だ。 おれとしてはとても疲れたのでしばらく休みたいのだが生憎ルイズには授業がある。 別におれには関係無いから寝てようと思ったのだがルイズが言うには 「使い魔なんだから一緒に来なくちゃダメ」 だそうだ。でも正直寝ていたい、のでルイズにちょっと聞いてみる。 「おれの有休ってどれくらいある?」 「アンタにそんなもの無いわよ」 使い魔には有休が無いらしい。でも意味が通じたって事はトリステインには有休制度が有るのか? 「そもそも有休って何よ?」 無かった。 「知りもしないのに否定したのかよ!」 「アンタの事だからどうせつまらない物でしょ」 有給休暇はつまらなくなんか無い! 給料の有る休みの幸せをお前たちに分けてやりたいくらいさ! おれは使った事ないけどね。 なんだかんだで授業に行く事になった。 歴史や公民ならともかく、魔法関連の授業に興味は無いのにな。 仕方ないし日当たり悪いけど教室で寝てよう。 教室に入った瞬間、他の生徒達に取り囲まれた。 ヤバイな、何がバレたんだ? 寮の誰かの扉をノックしてすぐ逃げるのを一晩中続けた事か? ヴェルダンデと協力して底に泥水を仕込んだ落とし穴を掘った事か? 広場に一晩で宇宙人に向けてのメッセージを書いた事か? 廊下に有る絵とか像の向きを全部変えた事か? ヤバイな、心当たりが多すぎて迂闊に動けないぞ。 「な、何よ」 そうだルイズ。おれが動くとヤバイからお前が動いてくれ。 「あなたたち、授業を休んでどこに行っていたの?」 なんだ、そんな事か。 焦って損したぜ。何せ心当たりが三桁以上あるからな。 ルイズが適当に誤魔化し、席に着く。 しばらくして妙に機嫌の良さそうなコルベールがいた。 変な物を持ってきてるけどアレが関係してるのか? コルベールはルイズを見つけるとさらに機嫌が良くなった。 「やや、ミス・ヴァリエール。今日からは授業に復帰ですかな?」 「はい、勝手に休んだりしてすいませんでした」 「それはいけない事ですが、今日はとっておきの授業ですからな!今日休まなかったのは良い事ですぞ!」 テンション高いなー、ちょっと休んだ事より今日休まなかった事を良いなんて言ってるよ。 ここはもっと厳しくすべきだろ。当たり前の事で褒めてるとソイツはろくな人間にならないんだから。 さっきも言ったがおれは魔法の技術に興味は無い。 戦闘になったら相手が四系統の内どれなのかなんてのはイヤでも考えなきゃならなくなる。 そのために魔法の種類を覚えようかとも思ったが途中で意味がない事に気づいて止めた。 使用者による個人差が大きいからだ。 たとえば同じゴーレムを作るにしてもギーシュとフーケで差があるように、この魔法はこれくらいの強さ、と決められないのだ。 だから結局は理論よりも、実際に戦ってみての感覚で作戦を立てるしかないのだ。 「さてと、皆さん」 コルベールが授業を始めた。 でも授業なんて聞かないで寝ちゃおう。 ―――夢を見た。 夢の中でおれは暗い所にいて、そこは辺り一面穴だらけだ。 その穴から花京院とアヴドゥルが頭を出しては引っ込みを繰り返している。まるでモグラ叩きだ。 ぴょこ 「久しぶりだな、イギー」 ぴょこ 「ジョースターさん達はDIOを倒したようですね」 ぴょこ 「お前は大変な事になってるようだな、占ってやろうか?」 夢の中とはいえ久しぶりに顔を見れたのはうれしい、だが… 「ぴょこぴょことうるせーんだよ!!」 攻撃する。気がついたらコルベールの持ってきいた変な物を壊していた。 「あれ?」 壊した物はヘビの人形だった。 どうやらコレがぴょこぴょこと音を出してたらしい。 持ち主であるコルベールは何も言わない。言わないというよりは言えない、放心状態なのだ。 「これは、その、ルイズにやれって言われて仕方なく」 とりあえず言い訳してみる。嘘だけど。 「ミス・ヴァリーエール?」 「言ってません!」 ルイズの必死の抗議。 「なんにせよ使い魔の責任は主人の責任だ!」 おれも必死にシャウト。 「イギー!ちょっと黙ってなさい!」 おれはその瞬間ルイズに向かって走り出した。 ルイズには当然何故走りだしたのか分からないので、身構えて目をつぶる。だがそれは失敗だ! おれは身構えているルイズの横を通り過ぎ、窓をザ・フールで攻撃! 窓ガラスを割り、そこから飛び出す。 ザ・フールの飛行形態で緩やかに飛びながら教室を離れる。 その直後に教室で爆発が起きた。 「うわ、スゲー、映画みたいな演出だな」 多分おれの下から見上げた視点が絵になると思う。脱出者の後ろでボーンみたいな感じで。 そういえばルイズのこと主人って言っちゃったな。 責任を押し付けた以上、少しは使い魔らしくするべきだろうか。 思い出す。フーケのゴーレムに潰されそうになる姿を。ワルドの正体を見抜けなかった姿を。 うん、別に主人らしい事なんてされてないし今まで通りで良いな。 To Be Continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1762.html
旅籠から飛び立った2匹の竜、シルフィードとヴァリエール家所有の竜は、 一時間もしないうちに屋敷についた。もっとも屋敷と言うより、その威容は 城と呼ぶほうが相応しいものだったが。 「エレオノール姉さま、それにわたしの小さいルイズ、お帰りなさい!」 城の前庭に降り立ったルイズとエレオノールに、桃色がかったブロンドの、 ルイズと同じ髪の色をした女性が駆け寄る。 「カトレア」 「ちい姉さま!」 顔を輝かせ、ルイズがその女性の胸に飛び込む。 「あらルイズ、暫く見ない間に背が伸びた?」 「はい!ちいねえさま!」 「私には全然かわってないように見えるけど…」 そうは言うが、嬉しそうに抱きあう二人に、エレオノールの顔が弛む。 「ねえ…ひょっとしてあの人も、ルイズのお姉さんなのかしら」 エレオノールとルイズのやり取りの時以上に、唖然とした顔をするキュルケ。 「そうだろうね。あんなにそっくりなんだし」 「え~どこが?」 「全然違うじゃねえか相棒」 即座に否定される育郎であった。 「そ、そうかな?」 「そうだって。髪の毛の色は娘っ子と一緒だが、顔つきが全然違うじゃねえか。 例えると娘っ子は針。金髪の姉ちゃんは槍。あの姉ちゃんは綿って所だな」 「あら、上手い事言うわね。他にも…ほら、アレ見てみなさいよ」 「アレ?」 キュルケはカトレアの胸を指差す。 そう、それはルイズとエレオノールとは明らかに違っていた。 あるのだ! いや、あるだけではない! ボリューム満点なのだ! 「ありえねーよなー」 「ありえないわよねえ?」 「いや、そんなところで判断するのは… そうだ!タバサはどう思う?似てると思うだろ?」 シルフィードに、召使の言う事を聞くように言い聞かせていたタバサに、意見を 求める育郎。タバサは杖をカトレアに向け、ゆっくりと口を開いた。 「突然変異」 杖の先は、しっかりとカトレアの胸を指し示している。 「いや、胸じゃなくて…」 ルイズと抱き合っていたカトレアが、騒ぐ育郎達に気付く。 「あらあら、私ったら…ルイズ、お友達も連れて来たのね?」 「いえ、一人かってについてきたのがいます」 「もう、恥ずかしがらなくてもいいのに」 そう言って育郎達に駆け寄り、礼をする。 「わたくし、ルイズの姉のカトレアと申します」 「あ、どうも。橋沢育郎といいます」 「デルフリンガーさまだ」 「………タバサ」 最後にキュルケが、エレオノールの時と同じように、馬鹿丁寧な礼をした。 「これはこれはご丁寧に。ルイズの『友達』のキュルケ・アウグスタ・ フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します」 「まあ!ツェルプストーですって?」 口に手を当てて、目を丸くしているカトレアに満足するキュルケ。しかし、次の 瞬間予想外の言葉が飛び出す。 「素敵ねルイズ!インテリジェンスソードだけじゃなくて、ツェルプストー家の 人ともお友達だなんて!」 「ちょっとカトレア!?」 「ちいねえさま!私こんなと友達じゃないわ!そこのメーンとか言う剣も!」 詰め寄る姉妹を不思議そうな顔で見るカトレア。 「あら、どうして?お隣同士なんだから、仲良くなったほうが良いじゃない」 「そうですよね」 そう言って、カトレアの言葉に育郎が頷く。 「まあ、貴方もそう思う?」 「ええ、やっぱりいがみ合」 「「アンタは黙ってなさい!!」」 息ピッタリで育郎に怒鳴る姉妹であった。 「ごめんなさいね。もうお姉さまもルイズも、せっかく来てくれたお医者様に… 気を悪くしないでね?」 「いえ、いいんですよ。僕は気にしてませんから」 「ミス・ツェルプストーも」 「私も気にしてないわよ」 広場で一通り騒いだルイズ達は、カトレアの提案で、ヴァリエール公の部屋まで 彼女直々に案内される事になったのだ。 「別にキュルケに謝る事なんてないのに…」 「あら、だめよルイズ。わざわざこんな所まできてくれたんだから。 お姉さまも、お客様に粗相なんて、恥ずかしいじゃないですか」 「…もういいわよ」 「二人とも、わかってくれて嬉しいわ」 姉妹達の返事に笑顔をみせたカトレアが、今度は振り返って育郎を見つめた。 「それにしても貴方…変わった服装ね、名前も変わってるし…あ、気を悪く しないでね。ひょっとして東方から来たの?」 「え?あ、はい」 「まあ、やっぱり!私東方から来た人を見るのは初めてなの!」 そう言って無邪気に笑うカトレアに連れられ、育郎の顔にも笑みが浮かぶ。 「ま、それはいいとして。そっちのお姉さんの婚約者…なんて名前だっけ?」 「バーガディシュさん…だったかな?」 「違う。チキンブロス」 そう答える育郎とタバサに、エレオノールが溜息をつく。 「…バーガンディ伯爵様よ。ていうかなによ、チキンブロスって?」 「………」 「そうそう、その伯爵様は何処にいらっしゃるのかしら? よろしければ、ご紹介して欲しいのですけれど」 先程の幸せモードの時は気付かなかったが、キュルケが浮かべる笑みに 不振な何かを感じ、エレオノールは眉をひそめた。 「ひょっとして貴方、妙な事を考えてないでしょうね?」 「何をおっしゃっているか、よくわかりませんわ」 二人の間に飛び散る火花に、辺りの空気に緊張したものが張り詰めていく。 「あら、ツェルプストー家の悪名は我が家によ~く伝わっているのよ?」 エレオノールの声音に、恐ろしい物を感じたルイズがキュルケを見ると、なんと キュルケは楽しげに笑っているではないか。 ルイズはこの時、胸以外で始めてキュルケを凄いと思った。 「あら、残念…バーガンディ伯爵様はもう帰られましたわ」 「「へ?」」 カトレアの言葉に、張り詰めていた空気が一気に弛む。 「ど、どうして?」 「さあ…お父様とお話してから、すぐに出発なされたもので」 「な~んだ、つまんないの」 キッ!っと鋭い目を向けるエレオノールに気付き、悪戯を見つかった子供のように 舌を出すキュルケだった。 「東方…の医者か」 むぅ、と唸り、顎に手をやって考えるそぶりを見せるヴァリエール公爵。 それからルイズが連れて来た平民を見る。 珍しい黒髪と黒い瞳を持ち、これまた見たことのない珍しい服を着ている その男はどうみてもまだまだ若造であり、さらには剣を背負っているため、 とてもとても腕の立つ医者には見えなかった。そんな者に娘を診せるなど… とはいえ、かわいい末娘がなんとか呼び出した使い魔である。 娘を信じたい気持ちもあり、この怪しげな少年をどう扱うべきか決めかねていた。 「では、カトレアを頼みます」 「お、おいカリーヌ…」 自分の隣にいる桃色の髪の鋭い目つきの女性、公爵の最愛にして…とにかく最愛の 妻の言葉に、ヴァリエール公爵は困惑した顔をする。 「あなた、何を悩んでらっしゃるのですか?」 「むぅ…その、なんだ…」 娘の前で、その使い魔への不審を述べる事を躊躇い、思わず口ごもってしまう。 「多少珍しくとも、使い魔は使い魔。 主の不利益になるような事を、するはずもありません」 『平民の使い魔は多少珍しいで済ませるような事だろうか?』と公爵は思ったが、 確かに妻の言う通りである。 「…そうだな。ルイズ、その男にカトレアの治療をさせなさい」 「は、はい!」 「ああ、エレオノール。お前はここに残りなさい。少し話がある」 ルイズ達といっしょに、部屋を出て行こうとするエレオノールを呼び止める。 「わかりましたわ、お父様。ほらルイズ、貴方はさっさとお行きなさい」 ルイズ達が部屋から出て行くのを確認した後、公爵はどう話を切り出すか しばらく悩んだ後、結局単刀直入に言う事にする。 「あー、バーガンディ伯爵だが…お前との婚約は解消するとの事だ」 一瞬静寂が訪れ、そしてすぐにエレオノールの困惑の声が部屋に響く。 「…ど、どういう事ですの?何故!?」 「落ち着きなさいエレオノール。あなた、無論伯爵から納得のいく説明は 受けているのでしょうね?」 長女と妻の視線を受け、なんとも気まずくなりながらも、これも親の義務だと 自分を納得させる。 「もう限界…だそうだ」 「どういう意味ですか!?」 どうもこうもそういう意味なのだが…とは公爵は言えない。 「はぁ…まったく、あなたはそんなわけのわからない理由で、婚約解消を 受け入れたのですか?」 だってかわいそうだったんだもん…等とは口が避けても言えない。 「そうですわお父様!納得がいくよう話してください!」 「そんな曖昧な理由で婚約解消を許されるだなんて、何を考えているんですか?」 妻と娘に詰め寄られ、やはり自分の判断は間違っていなかったと確信する ヴァリエール公爵であった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1557.html
ズドン、と何度目かわからない爆発音に、砂埃が巻き起こる。 日は既に落ち、二つの月は穏やかな光で草原を照らしている。 「もうそろそろ休んだらどうかね? ミス・ヴァリエール。使い魔召喚は明日にでもやり直したらいい」 「まだですっ、まだやれます! お願いしますミスタ・コルベール、納得がいくまでやらせてください!」 そう言って、月に照らされた人影はその手に持った杖を振り下ろした。 そして再度。何もない空間が爆発、轟音と爆煙を巻き上げる。 「また失敗……」 咳き込む少女、目尻に涙を浮かべながら、また杖を振り上げて呪文を唱える。 そして振り下ろす。 すると今度は爆発しなかった。 数え切れないほど呪文を唱え、数え切れないほど杖を振り上げ、杖を振り下ろし。 ただ一つだけ、使い魔を呼び出すことだけを考えて、一心不乱に。 そしていま、やっと『失敗』しなかったのだ。 視界を邪魔する土煙がうっとおしい、早く、早く己の使い魔の姿を見たかった。 どんな姿をしているのだろうか、美しいのだろうか、強いのだろうか、賢いのだろうか。 コレで、コレでやっと、誰にもゼロなんて言わせない! 煙を散らすと、そこには………… 男が一人、額に手を当て、眉を不愉快そうに顰めていた。 「こここ、コレが。つつつつt強くて。カカカカか格好良くて。うううううつうつ美しい使い魔………?」 変なギザギザのバンダナを額に巻いていて、服は見たことのない物を来ている。 明らかに平民だ。 ルイズはとっさにコルベールにアイコンタクト。 「平民です」 「構わん、行け」 「平民の使い魔なんて聞いたことありません」 「一度で良いことを二度言うことは無駄です」 とりつく島もない、ルイズは諦めてその男に近づこうと一歩歩み寄った瞬間。 「全員動くな!!!!!」 男が声を張り上げた。 突然の声にルイズは歩みを止め。また周囲で笑っていた他の生徒もしいんと黙りこくってしまう。 男は両膝を付き、両手も付いて何かを探しているかのようにきょろきょろと周囲を見回している。 「くそッ……せめて範囲が広がってくれれば見つかりやすいモノを………どこだ、どこにいる……」 彼のその動作は、まるで地面に落ちたコンタクトを探すかのように、まるで地面に『壊してはならないモノ』が落ちているかのようにゆっくりと両腕で草を払っていた。 「………ッ、ちょっといきなりなによ!平民のクセに貴族に「黙れ! 動くな! 聞こえない!」命rひっ……」 固まっていたルイズが男に詰め寄ろうとしたが、瞬間男は怒気を露わに叫んだ。 さながらその男の顔は鬼気迫っていて。たとえ平民だとしてもそれに抗うことを躊躇ってしまうほどだった。 「ここが何処か。なぜぼくがここに来たのかは今はどうでも良い。それよりまずぼくには捜し物があるんだ。いいから黙っていてくれ、絶対に動くんじゃないぞ」 それだけ言って、男は顔をまた地面に向けた。そして捜し物を再開する。 「…………なっ、なっ、何よその言いぐさはぁーーーーーーー!」 「喧しい!!黙れと言ったはずだぞ! 今は君に付き合っている暇はないんだ!」 ルイズの怒りの言葉をさらなる怒りで男は吹き飛ばす。 そして次の瞬間、ルイズの体がどしゃりと崩れ落ちた。 突然倒れたルイズに驚いたのは教師コルベールだ。 「き、君!一体ミス・ヴァリエールに何をしたんだ!」 歩み寄ろうとするコルベールに、男は躊躇せず『ソレ』をぶち込んだ。 瞬間、コルベールは脚を踏み出した状態で固まってしまい、前に進むことも引くことも出来なかった。 「な………う、動けない……そんな……杖も持たずに……まさか、先住魔法………?」 「どこだ、どこだ、どこにいる。せめて範囲が広がれば、手の先にでも触りさえすれば………っ」 かさり、と草が動く音が聞こえればそこに聴覚を集中させる。 しかし音がするのは一度だけ、ソレでは確証には至らない。 動き回るのはそんなに早くない。ならば絶対近くにいるはずなのに! 「ぁ……きゃ……あは……だー」 「!!!?」 (聞こえた! どこだ、確実に聞こえたぞ。あそこは、娘が倒れている方向、もうあそこまで言ったのか……ん?) 草原に倒れているルイズの方向から声は聞こえた。 「んん?」 倒れているルイズのスカートがめくれ、その下着が露わになっている。 しかし、男が見ているのはソレではなく、不自然にヒラヒラと動くスカートそのものだった。 「いた………よかった………見つかったぞ」 そして男はゆっくりとルイズのスカートに手を伸ばした。 いったい何が起こったのかは、私にはわからなかった。 あの子が、あの『ゼロのルイズ』が、使い魔を召喚できたことには、『おめでとう』と言ってあげても良いと思っている。 それがたとえ平民であったとしても、今まで一度たりとて魔法を成功させていなかったあの子にとっては、初めての快挙なはずだから。 ところが、どういう事だろうか。 その使い魔は突然『動くな』と言った。主であるはずのあの子、ルイズが近寄ろうとするのを大声で制した。 なおもルイズが近寄ろうとすると激情を露わにして怒鳴った、次の瞬間ルイズはぺたりと崩れ落ちた。 あの平民がいったい何をやったのか、それは全くわからなかった。 ただ、右手を上げて空中で素早く動かしていたみたいだったけれども、それ以外は、何も。 横たわるルイズを尻目に、その男は両手を地面について何かを探しているようだ。いったい何を? 「………あ……ー」 ん? 今何か聞こえた………ような気が……。気のせい……かしら、こんなところで赤ん坊の声なんて。 コルベール先生も動こうとしない、それならば先生は『危険はない』と判断したのだろう。 しかしそんな判断は、その使い魔がルイズのスカートに伸びた瞬間、跡形もなく消えた。 「ファイアボールっ!」 杖を抜いて即座に呪文を唱え、小さな火の玉を飛ばす。 ルイズと平民の距離が近すぎるため、当たらないよう放つ。 その呪文を、平民は頭を下げて避けた。 当たらないように十分高さを取って頭上を通り過ぎるようにしたのが裏目に出たか。 男が、私を睨み付ける。 「今のは……君の『スタンド』か……?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……… ぎらりと男の瞳が私を睨み付ける、その視線はまるで敵を目前にした戦士のような瞳だ……っ。 思わずぞくりと背中が震えるのがわかる。 『スタンド』の意味はわからなかったが、彼はこちらを警戒しているのがわかった、右腕がゆっくりと持ち上げられる。 「何度も言うが。動かないでくれたら何もしない。彼女はそれを無視して動いたから少し眠ってもらっているだけだ、危害は加えない。約束する」 男の目がじっと私を見つめてくる。 闇のように真っ黒な瞳、あぁ、吸い込まれそうな黒い瞳、私はその中の『覚悟』を見た。 彼には一つの目的がある、それを果たすため、それを邪魔するモノに容赦はしない、と。 ほんの十数秒の邂逅、私が一歩引くと。彼は視線を落として、その手をルイズのスカートへ。 ぽん、と置いてもう片方の手を伸ばす。 そして、透明な水をすくうように型作り、見えない何かを持ち上げているように見えた。 「よかった………もしこの赤ん坊に何かあったらジョースターさんに顔向けできないところだった……」 何かをその腕の中にしっかりと納めるような動作、相変わらずそこに何かあるようには見えなかったけれど。 ただ、彼のその衣服が、不自然な形に歪んでいるように見えた。 「あぶぶ。きゃ、あは♪あばば」 赤ん坊の声が聞こえる、どこからだろう。 赤ん坊の声が聞こえた途端、男から発せられる威圧感はなくなった。 それと同時に、横たわっていたルイズが目を覚まして起きあがった。 「もう良いよ。こちらの用は済んだ。では君がぼくらをここに呼び出した理由を聞かせてもらおうか」 ぞんざいに言い放った男の言葉に、ルイズの怒りが爆発する。 「コッこここここここのっ、へへへ平民の。くっ、くくせに、ご、ごごごご主人様になんて口の利き方を………!」 「ご主人様? 心外だな。勝手にこちらに飛ばしたのは君の……君達の、か? 敵意はないようだがその理由を聞かせてもらおうか」 「理由………そう、そうよ! あんたは私の使い魔なんだから!」 「使い魔? おいおいやめてくれよ。魔法使いごっこをするために呼び出したってのかい?使い魔が欲しいんならその辺にいる蛙とか猫でも捕まえてきたらいいじゃないか」 「何言ってるのよ! サモン・サーヴァントで召喚したものを使い魔にするってのが常識なのよ! そこらの生き物捕まえたって使い魔に出来るわけ無いわ!」 要領を得ないルイズの言葉に嫌気が差した男は、やれやれと溜息をついた。 「………埒があかないな」 『ヘブンズ・ドアァーーーッ』 本にして記憶を読む。その方が嘘はないし曖昧さも回避できるからだ。 「ん? 『魔法』だと? そんなばかな……しかし『スタンド』のことは書かれていない……それに……」 記憶のあちらこちらに書かれている事柄に、男は目を丸くする。 魔法。サモン・サーヴァント。コントラクト・サーヴァント。魔法成功率ゼロ。トリステイン。魔法学院。ゼロのルイズ。精霊。四大系統。虚無。エルフ。胸もゼロ。先住魔法。 ヘブンズ・ドアーに隠し事は出来ない。ただ、本人の勘違いや記憶違いもそのまま読んでしまうのが欠点ではあるが。 (スタンド攻撃……では『無い』か。どうやらサモン・サーヴァントとやらであの鏡みたいなものを出現させるのか。それに魔法。ハルケギニアという地名も聞いたこと無いし………) 男は、自分の体が歓喜に震えるのを感じていた。 (素晴らしい、素晴らしいぞこれは。まさか『異世界』なんてモノを目の当たりに出来るとは思ってもいなかった!) しかし、ネックなモノが男が今胸に抱いているモノ。 どうにかこの『赤ん坊』だけ先に返せないモノか、ルイズの記憶を更に読む。 しかし、呼び出すことは出来ても、送り返すことが出来ないと言うことを確認することだけしかできなかった。 家族構成や、始めて初潮のあった日、寝小便をいつまでしていたか、なんて本人ですら覚えていないようなことすらも読み取れるその力でさえも。 その本人が知らないことは、どうあっても読み取ることは出来ないのだ。 (なんにせよ。とりあえず従っておくのが得策か? こちらのことなど何一つわからないのだからな。赤ん坊を連れてよそへ行くにしても近くの町までこれほど離れてるのでは無理がある……) 意外にあっけなく納得して、男は本になったルイズの空白部分に一つ小さく書き加えた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/867.html
「ミスタ・コルベール! やり直しとか言いませんよね? 平民でもかまわないんですよね?」 「平民でもかまわない。というかだね、呼び出されたものが何であろうと契約しなければならない。それはいいんだが……」 コルベール先生が見た先は、それはもう酷いことになっていた。 なぜか使い魔が二人いる。しかも片方は全裸、おっぱいは普通。 ところどころ黒くなった草原がぶすぶすとくすぶっている。何を使えばこんなことになるんだか。 「これはどういうことだね? どうして火の手が上がったんだ? なぜ二人の使い魔がいる?」 ミキタカ! 出番! 出番! 言い訳ゴー! 「これはあくまでも推測なのですが。ルイズさんがサモン・サーヴァントを唱えたことにより、宇宙エネルギーが暴走、結果一面に照射され、真なるカオスが発生し、吸収しきれなかったダークマナを逃がすために大地がブラーニング現象を起こしたのでしょう」 ミキタカ……あんたって人は……敵に回すと鬱陶しくて味方にしても鬱陶しい……。 「……もういい。君の推測はともかくとして、ミス・ヴァリエールなら多少の珍事が起きてもおかしくはないだろうからね」 先生、あなたけっこう酷いです。 「火はいいとして、なぜ使い魔が二人もいるんだ? ミス・ヴァリエールでもこれはありえない」 「それは私もサモン・サーヴァントを唱えたからですよコルベール先生」 「なんだって……?」 「ルイズさんが唱えた瞬間、私の中に閃くものがあったんです。これは今やるしかないと思いました」 「君という男は……」 顔の色が青くなって、瞬く間もなく朱に染め上がった。 今のコルベール先生が何を思っているかは五つの子供にだって分かるだろう。 「あれほど言っただろう! 春の使い魔召喚は神聖なものだと!」 「分かります。とても神聖なんですよね。だからこそ失敗してはいけないと考えたのです」 朱色がどす黒い赤になった。 「ミスタ・グラモン! 君は! 君という男は! いつもいつも! 本当に! 本当に! ああああ! よく! よく見たまえ私のこの頭! こうなった八割は君のせいだ!」 「ハハハ、謙遜することはありませんよ。私は何もしていません。全て先生がやったことです」 うわあ……涼しい顔して言うなぁミキタカ。 コルベール先生はがっくりと肩を落とした。顔色はどす黒い赤から紙のような白になり、わたしもう見てられない。 「ミスタ・グラモン……君は使い魔の重要性を理解しているのかね?」 「とてもよく理解しています」 ミキタカが一言口に出すたび空気が重くなるような……気のせいよね。 「そうか……分かった」 コルベール先生は足元がふらついていた。視線も定まっていない。あーあ、先生ってのも大変ねえ。 わたしは先生になった将来の自分を想像してみた。生徒がミキタカで……あ、死にたくなったわ。 「だ、大丈夫ですか……ミスタ・コルベール?」 「……大丈夫に決まっているだろうミス・ヴァリエール」 大丈夫って、大丈夫に見えませんよ? 大丈夫と半死人が同義語なら大丈夫なのかもしれないけど。 「早く……契約したまえ……」 あ、そうだ。契約契約。コルベール先生なんかにかまってる場合じゃない。使い魔にするための契約しなくちゃ。 ……って、あれ。どっちと契約すればいいの? 老人はパイプをふかしている。強がりや見せ掛けじゃなく、芯からの余裕を感じた。 羽織っていた毛皮の上着を全裸の女性にかけてあげる優しさもある。うん、なかなか期待できそうね。 そしてその女性なんだけど。 「何やってんだボゲどもォーッ! あたしに近寄るんじゃあねェーッ!」 うわ、ガラ悪っ。怖っ。肩にかけられた老人の上着を地面へたたきつけた。ひどっ。 「なんだオメーらその格好ッ!? どこだここはッ!? あたしの服をどこへやったッ!?」 気持ちは分かるけどさ、少し落ち着こうよ。 「太陽が止まってるッ! なんでだよ!? グルグル回ってたはずなのにッ!?」 え、何これミキタカ系の人? もう何ていうかどうしようもないね。 老人は叩きつけられた上着を拾い、泥をはらってもう一度羽織りなおした。 親切を仇で返されても怒らない泰然自若とした佇まいは、そこでふらついている髪の薄い人よりよっぽど先生みたいだ。 持っていたパイプを軽く上下させた。挨拶をしているらしい。 「よろしーく……」 なあんか妙なアクセントね。田舎の出身なのかな。 「若き魔術師が二人おられるようじゃが……わしの主になるのはどちらかな?」 お、こっちは話が早い。やっぱり使い魔ってのはこうあるべきよね。 ちょっとまとめてみよう。 女の方はおっぱいがある。でも乱暴で口が悪い。主人を主人とも思っていないみたいだ。 爺の方はおっぱいがない。でも親切で物腰が落ち着いている。使い魔として召喚された自覚もある。 微妙なところだけど、これは爺さんに軍配が上がるんじゃないだろうか。 うん。そうだ。ここは実際的にいくべきだよね。 「人の話聞いてんのかァー! なんで男同士のキスシーン見せ付けられなきゃなんねえんだッ!」 えっ? えっ? えっ? って……あれ? ミ……ミキタカァァァァァァ! ぐっぐああああ、してやられた! 完全にしてやられた! 人の使い魔横取りすんなこの妄想一直線! くっそお、爺さんはあたしがもらうはずだったのに! しかもなんか卑猥! この二人のキスシーンなんだかエロチックよ! 「爺と野郎のキスなんか誰が喜ぶんだボゲェッ! ファックがしたいなら家ン中でやれッ!」 いや、これはこれでアリだと思うけどな。熊さんと美少年の応用的なものだと考えればいけるって。 「あたしをなめてんのか! ああ!? オメーらがその気ならこっちにも考えがあるからな!」 男同士の口づけは和むべき場面だと思うけどな。彼女ってばより一層攻撃的になってるみたい。 これ、放っておいたら手がつけられなくなるかもしれないわね。 全裸で凄む自分を客観的に見ることさえできないみたいだし。 よし、本格的に暴れだす前にさっさと契約して従わせよう。抜き足、差し足で忍び寄って……。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 よしよし、噛まずに言えた。自分の名前部分が一番難しいポイントってのもどうかと思うわ。 「五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 自分の背後で何やらくっちゃべってるヤツがいたら振り向くわよね。 で、そこに……キスをする! よし、大成功! あまりいやらしくない感じでやれたはず。舌入れちゃダメなんだよね? 「何しやがんだテメェェェェェェ!」 何ってナニよ。うふふ、初めてだったのかしら。たぶんわたしの方が年下なんだろうけど、リードしてあげちゃったわ。 「熱っ、熱っ、てか痛ェェェエエエエ!」 うわ、本当に痛そう。左手に浮かび上がったルーンが痛そうで痛そうで。 裸で蹲ってるのが見ていてかわいそうで、わたしのマントをかけてあげた。主人としての心遣いってところね。 爺さんの上着と同じことをしたらそれなりの罰があるからそのつもりで。 向こうを見ると、どうやらミキタカの方も滞りなく――ここへ至るまでの道のりは除くとして――儀式終えたらしい。 サモンができないって言ってたからコントラクトも失敗するんじゃないかってちょっとだけ期待してたのに。 爺さんの方もルーンが輝いているけど、それでも平然とパイプをふかしていた。やっぱりあっちの方がいいなあ。 「殺す……殺してやる……!」 うわ、まだ物騒なこと呟いてるよ。これ完全に貧乏くじ引かされちゃったな。ミキタカ、後で覚えてなさいよ。 女が顔を上げ、わたしと目が合う。その瞳に浮かんだ害意に鼻白んだ。だから怖いんだってばあんた。 ちょこんと跳ねた後ろ髪はかわいいけど、目の下のこれ……彫り物? よりによってなんでまた顔に。 「か……」 か? 「カァァァワィィィィィィィィィィ! お人形さんみたい!」 この女、いったい何を言っているの? 私がかわいいって……そ、そんな当然のこと言ったって何も出ないんだからね。 さっきまで確実にあったはずの害意はどこへやら、なんだか瞳が輝いている。 「髪の毛ふわふわっ! とってもキュートよキュウウウット!」 ちょ、ちょっと、思いっきり抱き締めないで! ああっ、髪に指を絡めないで! どんな感情のふり幅よあんた!? ミキタカ! 爺さん! あんたら見てないで止めなさい! 「……それではこれで儀式終了。皆、戻るぞ」 コ、コルベール先生、飛んでいかないで! 助けて! だ、誰かァァァ! 神ならぬ私は知る由も無かった。 この使い魔召喚の儀式によって、コルベール先生の中にある考えが芽生えたことを。